以前から、トランプは自分に大統領選への立候補を求める多くの声があることにたびたび触れ、ときには本当に立候補したかのように振る舞うこともあった。冷戦の緊張が特に高まっていた時期に、自分が核兵器削減条約の交渉人になると名乗り出たこともある。「高額の不動産契約をまとめられる人間なら、アメリカとソビエト連邦の間で合意を取り付ける能力があるはずだ」というのがその理由だった。
アメリカで「教養」より「カネ」が尊敬される理由とは
なぜトランプのような人間が、多くの人々から嫌われながらも一定の支持を受けるのか? その理由は、アメリカの「金持ちの歴史」を少し振り返ってみることでわかる。トランプは、独特で、どこを取っても現代的な存在に見えるだろうが、実際のところアメリカには、彼のような、「金持ちでありながら粗野な成功者」の長い系譜があるのだ。
19世紀フランスを代表する政治家・歴史家で『アメリカの民主政治』を著したアレクシ・ド・トクヴィルは、1831年にすでにこの特徴を見抜き、「カネへの愛情は、アメリカ人の行動の根底にある第一の、さもなければ第二の動機である」と書いている。
その後、19世紀末までにアメリカの富裕層は非常に豊かになり、その権勢と影響力はヨーロッパの貴族に匹敵するほどになる。そして、発行部数の多い新聞が現れたことで、カーネギー家やロックフェラー家などの暮らしぶりが紙面を賑わせ、多くの人に「大金持ちへのあこがれ」が芽生える。作家のマーク・トウェインはのちに、この時代に「金ぴか時代」という呼び名をつけた。
当時の産業界や金融界のリーダーたちは、教養の追求や教育を軽視していた。大学を卒業したら実践的な話をすべきであり、芸術やら本やらは実業界での激しい競争に耐えられない連中にやらせておくのが一番いいと考えられていた。こうした考えが、アメリカ人の間の公平意識や、「教養ではなく富の蓄積こそが人生の成功につながる」という発想を支えていくのである。
この時代は、金儲けの方法を教える本も無数に出版され、一部の最富裕層は、自分たちは「神のおぼしめしによって」あるいは「道徳的に優れているために」成功したのだと語るようになる。ジョン・D・ロックフェラーは「神が私にカネをお与えになった」と言い、J・P・モルガンは、主に株の操作で築き上げた自分の帝国も、その源にあるのは「人間性」だと答えていた。
第1次「金ぴか時代」は、1929年の株価大暴落により終焉を迎える。そして、続く大恐慌の後に残った瓦礫の中から、より安全な金融システム、より先進的な社会保障制度が生まれる。すると、その後の数十年、前例のないペースで中間層が拡大する。
新たな繁栄の時代の始まりは、ドナルド・トランプが生まれた1946年だった。第二次世界大戦直後のこの時期、アメリカの競争相手となる国々は廃墟と化していたうえ、1000万人のアメリカ兵が帰国して市民生活を再開した。輸出需要は旺盛で、国内の消費需要も爆発的に高まった。
男たちが戦争から戻り、新たな家庭生活を始めるために数百万世帯が住宅を求めると、ドナルドの父、フレッド・トランプのような不動産開発業者は、そうした需要に応じることで富を築いた。フレッドは1975年に70歳になるまでに、実に推定1億ドル相当の資産を手にしたのだ。
この戦後の黄金期は、過去に類を見ないほど公平な時代だった。富裕層・中間層・低所得層のそれぞれが、経済成長の恩恵をそれなりに受け、各層を分ける格差が広がることはなかった。こうした幸せな状況は、1973~75年の景気後退期まで続いた。
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