教育困難校の「英語の授業」で見た悲惨な現実 アルファベットも書けない生徒が大量に存在

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グローバル社会の厳しい競争のただなかにいる企業人からの要請を受け、2008年から始められた小学校での英語教育は、2020年には小学3年から必修化、小学5年生から教科化が完全実施される。高い英語能力が将来の職業生活において有利であるのは、いまや日本社会の常識とも言えよう。

そこで、世界経済や社会動向に敏感な保護者たちの間では、小学校に英語教育が導入される以前から、子どもに幼児期から英会話を習わせることが一般化している。各地で幼児の英会話教室が活況を呈し、インターナショナル幼稚園、インターナショナルスクールに通わせることも保護者の選択肢のひとつとなっている。筆者の知人にも、子どもが幼いうちに、多様なネーティブ・イングリッシュに触れられるよう海外勤務を希望した一流企業社員がいる。

その一方で、仕事が非正規雇用等で、責任ある立場を経験していない保護者は、英語の必要性を実感していないのではと感じる。情報としては知っていても、子どもに何をすればよいかわからないし、また、塾に行かせる経済的余裕もないようでもある。

他のどの教科よりも能力の差が生まれてしまう

このように、幼児期からまったく異なる英語環境で過ごした子どもたちが学校の英語授業で一緒になるので、他のどの教科よりも能力差は歴然としている。かくして、英語に対して強い劣等感と嫌悪感を持っている生徒が、教育困難校に入学してくることになる。彼らは、これ以上自分が傷つかないように英語から距離を置いているのではないかと思うことがある。生徒の会話能力向上のために、授業をサポートする外国人教師であるALT(Assistant Language Teacher)にもほとんど興味を持たず、自分から話しかけようとする生徒もいない。英語検定やTOEIC、TOEFLは、その存在さえ知らないだろう。

現在、高校に在学している高校生は、小学校に英語教育が導入され始めた頃の生徒たちであるが、今後、英語の教科化が進むと、幼児期からの英語教育はさらに加熱するだろう。そこに、参加できない家庭の子どもは今以上に強い嫌悪感を持って高校に入学して来ることにならないか、授業を成立させることが一層難しくならないか、教育困難校の英語教師は、心中穏やかではいられない。

朝比奈 なを 教育ジャーナリスト

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あさひな なを / Nao Asahina

筑波大学大学院教育研究科修了。教育学修士。公立高校の地歴・公民科教諭として約20年間勤務し、教科指導、進路指導、高大接続を研究テーマとする。早期退職後、大学非常勤講師、公立教育センターでの教育相談、高校生・保護者対象の講演等幅広い教育活動に従事。おもな著書に『置き去りにされた高校生たち』(学事出版)、『ルポ教育困難校』『教員という仕事』(ともに朝日新書)などがある。

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