不寛容すぎる世代対立は、なぜ生まれたのか 井手英策教授に聞く「分断社会」の解消法

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井手:でも、保育所の話も、介護サービスとセットにできればお年寄りもハッピーになれる。子供のいない現役世代も、将来は必ず介護が必要になりますから、その人たちも喜ぶ。知恵をしぼれば、みんなが喜ぶような財政政策ができるはずなんです。でも、保育士の問題しかフォーカスされず、給料5万円アップみたいなことをやるから、「分断線」が引かれて、「なんでそんなことをやるんだ」という話になってしまうのです。

木本:「分断線」が「分断社会」を補強してしまうと。

井手:世代間対立も両方が幸せになるようなパッケージで、組み合わせを考えればいいと思うんです。

「知らんがな」で会話を成立させる危険性とは?

木本:最近のフレーズでよく笑いを取れるものに「知らんがな」というツッコミがあります。お笑い業界に蔓延していて、すでに一般の方も使うようになっています。保育士の給料5万円上げるのも、自分には関係ないから「知らんがな」となる。その言葉を使うだけでやりとりが成立してしまうんです。

「知らんがな」というツッコミを入れると会話が成立してなんかスッとする。自分には関係ないんだという精神とか考え方が、いろんな人の心の中にあるからだと思うんです。「俺のお父さん太ってんねんけど」。「知らんがな」で成立する会話が増えている。

井手 英策(いで えいさく)/1972年福岡県生まれ。2000年に東京大学大学院経済研究科博士課程を単位取得退学し、日本銀行金融研究所に勤務。その後、横浜国立大学などを経て、慶應義塾大学経済学部教授に。専門は財政社会学、財政金融史。著書の『経済の時代の終焉』(岩波書店)で2015年大佛次郎論壇賞受賞。最新刊『18歳からの格差論』(東洋経済新報社)は、自民党、民進党を問わず永田町の政治家の必読書として話題をさらっている

井手:それは毎日生きるのに必死な日本人の「責任を取りたくない気持ち」と関係しているんでしょうね。「知っている」というとかかわってしまう。「知らん」は、イコール「関係ない」。俺には責任ないね、自己責任やろとい気持ちがどこかにある。自分が生きていくのにいっぱいいっぱいで、他人の人生を背負い込んでまで、何かをしようとは思えない気持ちのあらわれなんじゃないでしょうか。

木本:ですよね。「知らんがな」はとても便利で、そのトークを広げなくて済むんですよ。そこで笑いが生まれて、次の話題に行くのにも都合がいい。でも、話を聞いてしまうと責任持って広げないといけませんよね。

井手:そうですね。

木本:それを社会に置き換えて考えると、めっちゃ似ているなと思いました。

真剣に聞くことによって責任を背負わない。「めんどくさい」とね。

井手:自己責任、自己責任って、日本の社会はうるさいんですよ。電車でも禁止事項が次々とアナウンスされる。電鉄会社の人がトラブルに責任を取りたくないでしょうね。あなたの責任です、と。リュックはこう持て、足は組むな、携帯は控えろとか。聞いてたら一駅それで終わっちゃう。

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