なぜカープは24年も優勝できなかったのか 黒田も新井も・・広島を苦しめた「2つの制度」

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広島は1990年代前半までは強いチームだった。なぜ24年も優勝から遠ざかっていたのだろうか(写真:共同通信)

25年ぶり7度目の優勝というより、ここまで時が経っていると「2度目の初優勝」といった方が似合っている。9月10日、東京ドームで歓喜の瞬間を迎えた広島東洋カープである。

巨人を6-4で破ってのゴールイン。緒方孝市監督に続いて41歳の黒田博樹、39歳の新井貴浩が宙を舞った。ともに初めて味わう感激。チームを一つにまとめた投打の柱が肩を震わせながらひしと抱き合う。その光景が初々しかった。

なにしろ四半世紀ぶりである。

前回優勝の1991年。1~3番に定着した田中広輔、菊池涼介、丸佳浩の同級生トリオ「タナキクマル」は1989年(菊池は1990年3月)生まれ。よちよち歩きだった。「神ってる」鈴木誠也は1994年生まれ。まだこの世に生を受けていなかった。

黒田や新井は、なぜ一時チームを去ったのか

一方、黒田が1997年なら新井は1999年の入団。1998年から15年連続Bクラスという暗黒時代を過ごしてきた。そして2007年オフ、優勝を知らないまま同時にチームを去ることになる。ともにFA宣言をして黒田はドジャース、新井は阪神に移籍した。背景にはやむにやまれぬチーム事情があった。

カープは球団創設26年目の1975年、古葉竹識監督の下で悲願の初優勝を果たすと、1979年、1980年、1984年、阿南準郎監督に代わった1986年、さらに山本浩二監督が指揮を執った1991年と17年間で6度の優勝を重ねた。

そのうち3度は日本一。この時期に活躍した監督、選手がたくさん野球殿堂入りしている。殿堂入り順に衣笠祥雄(1996年)、古葉(1999年)、山本浩二(2008年)、北別府学、津田恒実(2012年)、大野豊、外木場義郎(2013年)の7人。強かったわけである。

そんなチームがどうして24シーズンも優勝から見放されていたのか。

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