新登場の「人身事故保険」は鉄道会社を救うか 事故が多発する現状では保険料は高止まり?

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そんな中、鉄道事業者が人身事故の損害賠償を請求したケースもある。2007年に愛知県大府市で、認知症で徘徊中の男性が列車にはねられて死亡した事故があった。認知症患者は責任無能力者として賠償責任が発生しないため、家族や監督義務者が賠償責任を負うことになる。JR東海は死亡した男性の家族に対して振替輸送費などの損害賠償を求めていたが、最高裁は今年3月、今回の例では家族に監督義務はなく賠償責任はないという判断を示した。

踏切は鉄道事故が多発する場所だ(撮影:今井康一)

世間では「画期的な判決」と評価する論調が目立ったが、鉄道事業者にとっては損害を受けても費用を回収できないのは困りものだ。今回の保険は、こうしたケースには有効だろう。

鉄道に詳しい弁護士の小島好己氏は次のようにコメントする。「遺族からすれば、家族が亡くなって衝撃を受けているときに巨額請求を受ける可能性がある一方、鉄道会社としてはその巨額さと事故の発生経緯や遺族の状況から請求できない場合もある。遺族が巨額の損害賠償におびえ、鉄道事業社が泣き寝入りするという双方に不幸な状況が、保険が充実することで軽減されるのではないか」。

保険料は高額になりそう

東京海上日動火災が開発した保険は、上記のような認知症を患っている人が起こした事故だけを想定しているのではない。人身事故全般である。前述のように、損害賠償請求を遺族にしにくいのであれば、この保険の出番はありそうだ。

では、その保険料はどう決めているのか。「統計資料や当社独自調査結果から算出しており、算出結果は非開示」(同社広報)という。ただ、ある程度のデータは公開されている。東洋経済オンライン2016年6月13日付記事「全国346路線『10年間の鉄道自殺』ランキング」によると、10年間の人身事故件数は1万2304件。つまり年間1230件の人身事故が起きていることになる。それに対して、国内の鉄道事業者の数は200程度にすぎない。

鉄道の事故と自動車の事故を比較するのは乱暴かもしれないが、自動車の例を挙げてみる。自動車保険の場合、2015年度の自賠責保険の契約台数3854万台に対して、交通事故発生件数は53万件だった。鉄道の場合、事故の数に比べて、想定される加入者の数が少ないように感じられる。

そうした理由もあってか、鉄道施設災害費用保険の保険料は、基本的には「数万、数十万円のレベルではない」という。経営の厳しい中小私鉄がおいそれと出せる水準ではなく、この保険に加入できるのはJRや大手私鉄に限られるかもしれない。

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