この財政運営に対する批判は、与党自民党の中からも出てきた。しかし、田中首相は看板政策の「日本列島改造論」をなかなか撤回できなかった。結局、「日本列島改造論」を財政運営で撤回したのは、積極財政論者の愛知揆一が大蔵大臣に在職したまま急逝した直後、田中首相は内閣改造を行い、その後任として均衡財政志向で安定経済成長路線の福田赳夫を大蔵大臣に任命したときだった。田中首相が持論の「日本列島改造論」を撤回することを条件とした蔵相就任だった。福田蔵相の指揮の下編成された1974年度予算は一転して、緊縮予算となった。田中首相もこれを容認するしかなかった。それでも、高い物価上昇率を収めるにはさらに時間を要した。
目下2016年は、2012年12月に発足した第2次安倍内閣がデフレ脱却を目指す中、2013年3月から黒田東彦日本銀行総裁の下で「量的質的金融緩和」政策が講じられている。前述のように完全雇用状態になっている中で、大規模な財政出動を反映した2016年度第2次補正予算が今秋にも成立・執行されようとしている。
はたして、この財政出動は功を奏するだろうか。当然ながら、田中内閣期と今日とは異なることも多い。今日では、通貨の供給を大幅に増やしてもデフレからなかなか脱却できていないし、資源価格の急騰も起きにくく、インフレ期待はなかなか醸成されない状況にある。
高率のインフレも日本経済に打撃を与える
とはいえ、今般の財政出動はデフレ脱却が主目的だから、財政出動した後でも引き続きインフレ率が低迷したままなら、それは財政出動の失敗を意味する。そうなったなら、財政政策で需要を喚起してもデフレから脱却できないと理解しなければならない。
他方、今般の財政出動でデフレ脱却ができたなら、財政出動はデフレ脱却の一翼を担うといえよう。ただし、デフレ脱却が、2%のインフレ目標に近い形で実現できて初めて、成功といえる。財政出動でインフレ圧力をかけたものの、「列島改造予算」のように、低率のインフレには終わらず、高率のインフレを助長してしまったならば、それは失敗といわざるを得ない。高率のインフレになった後なら、低率のインフレにするのは、デフレ脱却より容易だとしても、高率のインフレも別の形で日本経済に打撃を与えることには変わりない。
長きにわたりデフレが続く中で、インフレ経済の状況をなかなか想起できないかもしれないが、財政出動の意味を深掘りすれば、さまざまなリスクをあらかじめ想定しておかなければならない。
「アベノミクス」が「日本列島改造論」という前車の轍を踏まないことを願うのみである。
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