ドラッカーも語らない、すごい不合理の解決法 新世代リーダー 西條剛央 「ふんばろう東日本」代表

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支援活動中には行政や既存のボランティア組織の「大組織病」とも闘った。そこで見えてきたのは戦後から変わらない日本が抱える問題。リーダーとはどうあるべきか、よい組織とは何か、解決策を見出す議論の方法とは何か。閉塞感が漂う日本で、西條が提言する「第3の道」に耳を傾ける人の輪が広がっている。

――復興支援が一段落した今、何が見えてきましたか。

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西條のツイッター上でのつぶやきから始まった「ふんばろう」の活動。現在もボランティアたちによって20以上のプロジェクトが動いている

東日本大震災を経て感じたのは、みんながうすうす感じていた組織の不合理さ、どう考えてもおかしいというものが、ごまかしが効かないくらい露呈してしまった、ということです。

「おかしい」という共通認識はある。しかし、その状況を変える方法がない。方法がわからないから希望がない。絶望とは言わないまでも、この先どうなるのか、不安になっているのが現状ではないでしょうか。

復興支援の現場でも、絶対的に不合理な場面を何度も目にしました。たとえば、500人の被災者がいる避難所に300枚の毛布が届いた。すると行政はどうするか。「毛布を配らない」という選択をするのです。理由は「全員分の毛布がない中では不平等になる」というもの。これは、明らかににおかしい。

しかし、職員の誰もがその判断に従いました。なぜなら、高齢者や子どもなどに優先順位を決めて配布をするという前例がないからです。

大組織の中にいる人間は、「前例のないことをして苦情が出たら、誰が責任を取るのか」という思考回路に陥りがちです。なぜそうなるかというと、大組織ではミスや失敗が発生すると「~市役所」「~部」の不祥事というように、連帯責任制が取られるからです。

小さな組織ではミスや問題が起きても個人の責任で終わりますが、大組織ではそうはいきません。それが、「ミス回避バイアス」、「責任回避バイアス」となり、杓子定規な判断しか下さない「前例主義」になるのです。

こういう構造ができてしまうと、誰かが新しい提案をしても「おまえはそんなことをして責任が取れるのか」と上司や同僚から言われ、フリーズしてしまう。新しいアイデアや方法が必ず成功する保障なんて、当然どこにもないのに。組織にアイデアマンがいても潰す、歩みを止める力学が働く。

これは、政治の場でも企業の場でも、組織に共通する問題ではないでしょうか。毛布の配布以外にも同じような例があり、家電量販店が家電を被災地に送る支援をしようとしたところ、結局、「前例がない」ということで実行されないということもありました。

「ものすごい不合理」がなくなる思考法

――取材の過程で、「前例主義」のしがらみで画期的なアイデアの採用や前進が妨げられる場面によく遭遇します。解決策はあるのでしょうか。

大きな問題は、議論の仕方を知らないということです。日本の抱える問題は第二次世界大戦以降、まったく変わっていません。戦争中に銃剣突撃をしていたような、無意味なことが今でも起きています。これまでも失敗の原因は探ってきましたが、それを解決するための議論の方法が提示されなかったからです。

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