「独自の軍隊を持たない国連が発揮すべき力」ハーバード大学教授 ジョセフ・S・ナイ
ソフトパワーには必ず制約がある
国連がこうした信頼を勝ち取ってきたにもかかわらず、その正当性に疑問符がつけられるのは、むしろ国連自身の責任だといえよう。たとえば「国連人権理事会」は、加盟国間の争いによって公平な手続きを欠き、人権擁護に興味を抱かない組織となってしまった。同様にイラクに対する「石油食糧交換プログラム」も、運営の不備により実効性が乏しくなってしまった。
もちろん歴代の国連事務総長は、各国のハードパワーを活用するためのソフトパワーを最大限駆使して、その責務を果たしている。たとえば2代目事務総長のハマーショルドは、1956年にイギリスとフランスが引き起こしたスエズ危機の際に、国連憲章では規定されていなかったにもかかわらず、各国政府を説得して平和維持軍を設立した。またアナン前事務総長も、ルワンダの大量殺戮やコソボ紛争を解決に導けなかった教訓から、各国を説得して、国連がこうした危機に直面した人々を“保護する義務”を背負うことを認めさせた。
しかし、こうした改革が十分に果たせていない部分もある。たとえば、06年のイスラエル・レバノン戦争後、国連平和維持軍が組織され、現在も各国から派遣された10万人を超える軍隊が出動しているが、加盟国側が十分な資金や要員、訓練、兵器を提供しているとはいえない。また加盟国の中には、スーダンのダルフール大量虐殺への対処に見られるように、国際的な介入をあえて遅らせる国も出てきている。たとえば中国は、このままスーダンと石油貿易を続ければ08年の北京オリンピック開催に影響があると危惧はしているが、実際に貿易停止などを通して、スーダン政府に圧力を加える兆候はまだ見せていない。
また前述した“保護する義務”についても、多くの加盟国は限定的に同意しただけであり、特に発展途上国の多くは、この義務によって自国の主権が侵されると危惧している。実際にミャンマー政府が反政府デモを鎮圧した際、同国に派遣された国連代表に与えられた権限は、状況報告と調停に限定されていた。ミャンマー政府は、国連代表が人権侵害についての状況報告を終えた後、彼らを送り返してしまったのだ。
繰り返すが、国連は、加盟国が国連憲章第7条に基づいて政策に同意した際には、ハードとソフトの両パワーを発揮できる。たとえ常任理事国が賛成をしなくても、反対せずに黙認すれば、有益なソフトパワーを発揮できるのだ。しかし逆にいえば、常任理事国が強固に反対するか、また“保護する責任”を無視する国が出たときには、国連はまったく無力な存在になるといえる。
しかし、それが国連を非難する理由にはならない。ソフトパワーには必ず制約がある。責任は国連にあるのではなく、加盟国の間に合意が存在しないことが問題なのだ。
ジョセフ・S・ナイ
1937年生まれ。64年、ハーバード大学大学院博士課程修了。政治学博士。カーター政権国務次官代理、クリントン政権国防次官補を歴任。ハーバード大学ケネディ行政大学院学長などを経て、現在同大学特別功労教授。『ソフト・パワー』など著書多数。
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