大統領が備えるべきリーダーシップの本質−−ジョセフ・S・ナイ ハーバード大学教授
米国の大統領選挙が世界中から注目されている。大統領候補は女性、アフリカ系米国人、長老などいずれも新鮮な顔ぶれであり、ブッシュ現大統領の不人気によって地に堕ちた米国にも、まだ再生力があることを示している。だがいま必要なのは、誰が次期大統領になっても、リーダーシップの本質が変化していることを認識することである。
インターネットの爆発的な普及によって、政治や企業組織は変化してきた。これまでのヒエラルキー組織はフラット化され、知的労働者も従来とは異なるインセンティブに反応するようになっている。ある世論調査によると、いま人々は企業組織や政治といった権威に敬意を払わなくなっているという。この流れは、武力に頼らず外交や経済支援を行うソフトパワーの重要さにつながる。
たとえば軍事の分野でいうと、米軍の教官は以前ほど兵士を怒鳴らなくなっているという。なぜなら今の若い世代は、怖い教官よりもカウンセラーのような指導者に好意を示すからだ。これはそのままテロリストとの争いにも当てはまる。テロリストに勝つには、制圧するだけでなく、理性で納得させ、彼らの心理的支持を勝ち取る必要があるからだ。
多くの研究者は理想の指導者について、指導力の「共有」や「分割」という言葉を用いながら、ヒエラルキーの頂上に立って命令するよりも、サークルの中心に立つ指導者のほうが理想的だと説いている。
もちろん命令に従わせる武力、すなわちハードパワーも重要である。ハードパワーとソフトパワーは互いに影響を及ぼし合うものだからだ。人は時に強制力を持つ相手に引かれることもある。オサマ・ビン・ラディンが語っているように、「人々は“弱い馬”より“強い馬”に乗りたがる」のである。
仮にリーダーが乱暴者であっても、ビジョンと大義さえ持っていれば、他者を引き付けることは可能である。米海軍の核兵器化を実現したリックオーバー将軍はその好例だ。彼は決して向こう見ずな艦長ではなく、議会に支援を求めたり予算や人材を獲得するなど官僚的な才能も発揮しながら、部下には厳格な規律をもって接した。その結果、優れた核装備の潜水艦隊を作り上げることに成功した。彼は戦略的なビジョンを実現させたため、有能な士官が彼の部下になりたがったのだ。