大統領が備えるべきリーダーシップの本質−−ジョセフ・S・ナイ ハーバード大学教授

スマートパワー戦略を構築する智恵を持つべき

しかし、ハードパワーとソフトパワーは相互に補強し合うこともあれば、阻害し合うこともある。たとえばチェイニー副大統領は、「強力な軍事行動によって、アルカイダのテロ攻撃を阻止できる」と主張していた。確かに軍事力はアルカイダに対抗するために必要ではあるが、無差別な武力の行使は新たなテロリストを増やすだけである。

やはり、どんな指導者にもソフトパワーが必要なのである。リーダーシップ論の大家であるジェームズ・マックグレガー・バーンズ氏も、「武力に頼る人物は、単なる権力の行使者にすぎない」と述べている。彼の見解によれば、ヒトラーは優れた指導者ではないという。ヒトラーのような独裁者も、少なくとも自分の身近な関係の中ではソフトパワーが必要であった。独裁者であっても、信頼できる部下を引き付け、納得させることは必要ということだ。

ダライラマのような宗教指導者を別にすれば、目的を達成するにはソフトパワーだけでも不十分である。人気だけに頼る指導者は、ハードパワーを行使すべきときに躊躇して好機を失する可能性があるからだ。

ある心理学者が、「指導者があまりに強い確信を持つと人間関係が悪化し、逆にあまりに確信がないと目的が達成できない」と指摘している。GEのジェフ・イメルトCEOも、「私は一年に7~12回、自分の指示どおりにやれと言っている。しかし、それを18回言ったら優秀な人材は辞めていく。また3回しか言わなかったら会社は潰れるだろう」と語っている。16世紀のイタリアの政治家マキャベリも、「君主は愛されるより恐れられるべきである」と述べている。そのとおりなのだろう。しかし、「愛」の逆は「恐怖」ではなく「嫌悪」である。マキャベリは「嫌悪は君主が避けなければならないものである」と明確に語っている。ブッシュ大統領がイラク侵攻から学んだことは、ハードパワーがソフトパワーを損なうと、指導力を十分に発揮できないということのはずだ。

ソフトパワーは、それ自体が優れているわけではない。人々は、仮にソフトパワーによってでも他者に操られることは避けたがるものだ。ただ、ソフトパワーはハードパワーより共感者により多くの選択と自由度を与える。なぜならソフトパワーを行使するには、共感する人の考え方や選択が重要となるからだ。フラット化された組織下で知的労働者が活躍する現代では、ソフトパワーの重要性はさらに増していくはずだ。

指導者は、このソフトパワーとハードパワーとを組み合わせた“スマートパワー”戦略を構築するよう智恵を働かせる必要がある。次期大統領は、この教訓をぜひ知っておいてほしい。

ジョセフ・S・ナイ
1937年生まれ。64年、ハーバード大学大学院博士課程修了。政治学博士。カーター政権国務次官代理、クリントン政権国防次官補を歴任。ハーバード大学ケネディ行政大学院学長などを経て、現在同大学特別功労教授。『ソフト・パワー』など著書多数。

政治・経済の人気記事
トピックボードAD
関連記事
  • コロナ後を生き抜く
  • コロナショック、企業の針路
  • 新競馬好きエコノミストの市場深読み劇場
  • 「非会社員」の知られざる稼ぎ方
トレンドライブラリーAD
アクセスランキング
  • 1時間
  • 24時間
  • 週間
  • 月間
  • シェア
トレンドウォッチAD
コロナ徹底検証<br>日本は第2波に耐えられるか

米国やブラジルでは新型コロナウイルスの感染拡大が続いていますが、日本は感染者も死者も圧倒的に少ない。その理由はいったいどこにあるのでしょうか。政策面、医療面から「第1波」との戦いを検証。「第2波」への適切な備え方を考えます。