技術革新によって大量失業は起きるか ケネス・ロゴフ ハーバード大学教授

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もちろん、チェスプレーヤーの収入を左右する要素は複雑で、私は事を単純化しすぎているだろう。が、基本的なポイントは、市場には、仕事や機会を誰も予想しえないものに変えるすべがあるということだ。

技術革新はよいことばかりではなく、移行期に苦痛を伴うこともある。たとえば、デトロイトの失業中の自動車製造労働者は研修を受ければ病院の検査技師になれる能力を有しているかもしれないが、長年仕事にプライドを持ってきたその人は転職を嫌がることもありうる。

私の知り合いで、20年前のことだが、トーナメントで賞金を稼げることにプライドを持っていたチェスの名人がいた。彼は子どもたちに「お馬さんがどう動くか」を教える仕事には就くまいと誓っていた(「お馬さん」は馬とも呼ばれるナイトのこと)。その彼も今やチェスを教えることで、競技以上の収入を得ている。

もちろん、今後の技術革新はこれまでと違ったものになるかもしれず、過去の経験から未来を予想するには注意が必要だ。たとえば、技術の進歩が加速することで、人類はより複雑な経済や道徳的な問題に直面するはずだ。それでも技術革新によって今後20~30年で大量の失業が発生すると示唆するものは何もない。

急速な技術革新の結果として失業が一定程度増える可能性はある。随所が硬直してスムーズな調整が妨げられている欧州のような地域では特にそうだろう。が、この数年の高水準の失業は主に金融危機によるもので、最終的には歴史的な水準に落ち着いてくるはずだ。人間は用済みになった馬とは違うのである。

(週刊東洋経済2012年10月20日号)

記事は週刊東洋経済執筆時の情報に基づいており、現在では異なる場合があります。
ケネス・ロゴフ ハーバード大学教授

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Kenneth Rogoff

1953年生まれ。1980年マサチューセッツ工科大学で経済学博士号を取得。1999年よりハーバード大学経済学部教授。国際金融分野の権威。2001〜03年にIMFのチーフエコノミストも務めた。チェスの天才としても名を馳せる。

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