「出雲の人々の心を魅する純朴さは、ここにはありません」 朝ドラ「ばけばけ」ハーンが"面白味がない"と熊本ディスった理由

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だが、理由はほかにもあった。新たな赴任先となる熊本第五中学校が示した月俸は、200円。実に松江の倍にも及んだという。

また、松江の人々は日本好きのハーンを歓迎する一方で、ハーンを「外国人」として差別する人もいれば、妻のセツが「洋妾」と侮蔑されたこともあった。リセットするよい機会として、熊本赴任を決めることとなった。

熊本ライフへの愚痴連発!「地獄のように寒いのです」

松江から熊本へ――。明治24(1891)年11月から、ハーンは妻のセツ、そして義父母を連れて、意気揚々と熊本へと活動場所を移すことになった。

だが、ハーンを待ち受けていたのは、憂鬱でつまらない日々だった。

「ここは面白味のない土地のようです。そして、きょうは、まるで地獄のように寒いのです」

よほど期待外れだったのだろう。熊本に到着してすぐにハーンは、東京帝国大学の教師だったバジル・ホール・チェンバレンに、手紙でそんな胸中を吐露している。熊本ならば、劇的に気候が暖かくなると思っていたのかもしれない。

今回の転任を世話したのがチェンバレンだったことを思うと、なかなか率直な物言いだが、それもまたハーンらしい。愚痴は次のように続く。

「何もかもが、非道なほどに高価で、あの出雲の人々の心を魅する純朴さは、ここにはありません。わたくしの家族の者たちは──わたくしと一緒に四人来ているのですが──陸に上がった魚みたいな気分です」

西南戦争が制圧されて以来、熊本には第6師団が駐屯。軍都と化した熊本では「外国人がそれほど珍しがられない」という点は、松江に比べて良かったにせよ、ハーンが魅了された古き良き日本の風景とはかけ離れていた。

それでもハーンなりに良いところを探そうとしたようだ。セツはハーンと熊本に来たばかりの頃をこう振り返っている。

「熊本で始めて夜、二人で散歩致しました時の事を今に思い出します。ある晩ヘルンは散歩から帰りまして『大層面白いところを見つけました、明晩散歩致しましょう』との事です」

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