只見線追う郷土写真家、初めて訴える「真実の声」 奥会津の経済崩壊は自然災害でなく「人災」だった

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――そして、2011年に取り組みを始めたのが只見川の「霧幻峡の渡し」だったのですね。

東日本大震災では、その地震災害と原発事故により日本そのものを消滅の危機に追い込みました。その後、奥会津では新潟・福島豪雨により甚大な被害を受けていますが、東日本大震災の報道に埋もれてしまい奥会津の壊滅的な状況が世の中に知れ渡ることはありませんでした。

私は、こうした状況を打破するために只見線の写真を撮り続けることと並行して、金山町三更地区で、只見川を渡るためにかつて生活の足として利用されていた手漕ぎの渡し舟を「霧幻峡の渡し」として復活させました。地域再生の一環として地元の人たちを説得し、さまざまな協力もいただきました。これには3年の期限付きでしたが県の補助金も活用しています。ただし3分の1の金額は自己負担しています。

「霧幻峡の渡し」は、2011年5月から営業を開始しましたが、その2カ月後となる7月に新潟・福島豪雨で只見線も渡し舟も大きな被害を受け挫折しましたが、舟のほうは自力で復活させてあきらめずに営業を続けていたところ、観光客がどんどん来るようになり、台湾などからインバウンドの方も大勢来てくれるようになりました。

行政は民間の取り組みには少し冷たいのですが、駐車場やトイレ、船着き場の問題が表面化したことから、事業を金山町に無償で譲渡し、現在は金山町観光物産協会が運営を行っています。

統制の取れた政策が必要だ

――その後、幾多の困難を乗り越えて只見線は2022年10月に復活するわけですが、今後の活性化については、どのように考えていますか。

2025年の秋の観光シーズンは、クマへの心配から国道沿いの第一只見川橋梁の撮影スポットが突然立入禁止になり、大量に押し寄せた観光客が困惑している姿を多く目にしました。このほかに県は国道のスノーシェッドなど15カ所の修繕工事をこの時期に一斉に行ったことから、各地で渋滞が発生するなどの混乱も見られました。

常日頃、福島県は只見線の活性化について理解のある取り組みを進めてくれていますが、観光客の方に只見線沿線に来て欲しいと積極的な呼びかけを行うのであれば、例えば、観光シーズンを外して道路工事を行うなど、現場での混乱が生じないような統制の取れた政策を実行して欲しいと思います。

星さんは年300日、只見線の写真を撮り続けている(写真提供:星賢孝)
櫛田 泉 経済ジャーナリスト

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くしだ・せん / Sen Kushida

くしだ・せん●1981年北海道生まれ。札幌光星高等学校、小樽商科大学商学部卒、同大学院商学研究科経営管理修士(MBA)コース修了。大手IT会社の新規事業開発部を経て、北海道岩内町のブランド茶漬け「伝統の漁師めし・岩内鰊和次郎」をプロデュース。現在、合同会社いわない前浜市場CEOを務める。BSフジサンデ―ドキュメンタリー「今こそ鉄路を活かせ!地方創生への再出発」番組監修。

 

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