それを象徴する出来事があった。ある教員が、小学校の算数の授業で、子どもが自らのペースで学ぶ「自由進度学習」を新たに取り入れようとした。藤田さんも良い実践だと期待していたが、事態は思わぬ方向に進んだ。
「『自由進度学習』という言葉だけが一人歩きしてしまい、保護者から『先生は子どもに教えずにいったい何をしているんですか』と反発が出ました。意図がうまく伝わらず、結局その教員は『もうやりたくない』と取り組みを断念してしまったのです」
子どもにとっては価値ある試みでも、周囲に説明して理解を求める労力の方が大きいと感じれば、現場は「やらない方がまし」という結論に至る。教育委員会と同様の「事なかれ主義」が、教員の創造性を摘み取っているのだ。
職員室での相談相手は先輩教員ではなくAI
こうした「余白」のなさは、授業の質にも直結する。藤田さんが初任者研修で接する若手教員の間では、教材研究にSNSを活用することが珍しくないという。
「InstagramやXに投稿されている授業アイデアをそのまま使うという話をよく聞きます。指導主事の立場からすると、その学びの深まりは薄いと感じますが、そうでもしなければ業務が回らないほど、現場の教員には時間がないのです」
授業を「どう乗り切るか」という発想で、ネット上のアイデアをそのまま流用しているのならば、質の担保という点で極めて危うい状況だ。
この「手間を省く」傾向は、職員室の人間関係にも影を落としている。




















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