「キハ80系」、全国に特急網を広げた気動車の記憶 国鉄非電化路線を駆けた「地方幹線の看板列車」
国鉄の特急列車といえば、東海道本線に電車特急「こだま」が登場するまでは機関車牽引による客車列車であり、さらに運行路線も東海道本線などごく一部の幹線に限られていた。それを大きく変えたのが、気動車による特急の登場である。
特急型気動車は、1960年に東北本線の特急「はつかり」用として導入されたキハ81系が始まりだ。その翌年1961年にはキハ81系の経験を生かし、改良型といえるキハ82系が登場した。両系を合わせたキハ80系列は総数384両が製造され、全国の非電化区間を中心に特急列車網拡大の立役者として活躍した。
今回は、このキハ80系列の活躍を振り返ってみたい。
はつかり号は「ガッカリ号」?
日本初の特急形気動車キハ81系は、上野―青森間を常磐線経由で結ぶ特急「はつかり」として登場し、独特のボンネットスタイルで「ブルドッグ」と呼ばれた。
しかし、上野―青森間の750kmという未経験の長距離高速運転のため、初期はトラブルも続出した。キハ81系のトラブル発生はエンジンに集中しており、東北本線の奥中山の勾配区間ではオーバーヒートして立ち往生、その後も各地で同様の問題を繰り返し、時には火が出たこともあった。
トラブル続きで乗客から不満の声があがり、当時のマスコミには「はつかり号はガッカリ号」などと揶揄されるありさまだった。


















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