「キハ80系」、全国に特急網を広げた気動車の記憶 国鉄非電化路線を駆けた「地方幹線の看板列車」

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この際にキハ82系で運行を開始した特急列車の代表格が、北陸本線初の特急だった「白鳥」である。この列車にちなみ、キハ82系は「白鳥形」とも呼ばれる。

キハ82系 特急白鳥
北陸本線の親不知付近を走るキハ82系の特急「白鳥」=1961年(写真:竹島紀元)
【写真】京都―長崎・宮崎を結ぶ長距離特急だった「かもめ」で活躍するキハ82系

「白鳥」は当初、大阪―青森間1052.9kmを結ぶ編成と、途中の直江津で分割・併合して大阪―上野間を結ぶ編成を連結した「多層建て列車」として運行され、それぞれが6両編成で食堂車と1等車(のちのグリーン車)を連結していた。誤乗車を防ぐため、青森駅発着編成を「日本海白鳥」、上野発着編成を「信越白鳥」と呼んだ。

見慣れないスマートな列車が…

この当時、筆者は福井県の武生に住むまだ中学3年の鉄道少年で、玩具カメラのような「フジペット」(12枚撮りフィルム)を持って武生から米原まで「撮り鉄遠征」に向かった。北陸本線のホームで停車中のD51形蒸気機関車を撮っていると、その向こうのホームに見慣れないスマートな列車が入ってきた。それが今思えば特急「白鳥」の姿だった。

米原駅 キハ82系白鳥 D51
米原駅に停車する「白鳥」(奥)とD51形=1961年(写真:大塚康生)

この年、偶然にも筆者が後にアニメ界の仕事に就いた際に知り合うことになるアニメーターの大塚康生さんが、故郷の山口に帰省する途中に米原に立ち寄ってE10形やD50形を撮影しており、その一コマにD51形と「白鳥」が写っていた。筆者は、その後師と仰ぐ大塚さんとその時接近遭遇していたのだった。

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