香苗さんの言葉を借りると、長男さんは特性に凹凸があり、発達障害のグレーゾーンにあたるそうです。そのため幼少期から療育に通うなど、香苗さんは心身ともに長男さんにつきっきりで世話をしてきました。
「それが次男にとっては『暗黒の時代』だったようです。私は次男のことを、あまり手のかからない子だと勝手に思い込んでいました」
また、ご主人と長男さんがスポーツ好きで外で体を動かすことを好む一方、次男さんはレゴ遊びなど静かに過ごすことを好むタイプ。そうした性格を十分に理解してもらえず、元気に外で遊ぶことを期待されるのもつらかったと話したそうです。
「海外転勤の際も、子どもの学校のことはどうしても長男を基準に考えてしまいます。下の子の気持ちや性格にきちんと目を向けないまま、当たり前のように同じ選択をしてしまっていたんですね」
香苗さんの言葉には、当時は気づくことのできなかった後悔の念がにじみ出ています。
そんななか、ある出来事をきっかけに、母子がゆっくりと向き合う時間が訪れます。次男さんが腕に大きなけがを負い、香苗さんはその傷を治す薬を塗りながら、毎日腕にマッサージを続けました。期間にして数カ月。
「そのときに、次男にはこうした時間が圧倒的に足りなかったんだと気づきました。恥ずかしい話ですが、不登校が始まってから、ようやく次男の子育てが始まったようなものです」
反省の言葉を口にする香苗さんですが、その期間は次男さんにとって、お母さんと向き合う大切な時間になったのではないでしょうか。
子どもの気持ちより、他人に受け入れられることを優先
香苗さんは次男さんが学校に行けなくなった当初、「本人に問題があると思っていた」と言います。そのため「環境を変えれば回復するだろう」と考えていました。
しかし、カウンセリングを受けたり、不登校に関する講座に参加するなかで、「私が変わらなければいけない」と思うようになります。そして、その頃から自分のことを振り返るようになりました。
「私が育った家庭は母の考えがとても強かったんです。『女性はこうあるべき』『こんな人とお付き合いしなさい』と言われながら育ちました。姉は母とよくぶつかっていましたが、私は自分の意見をあまり言わずにきました。母のような子育てはしたくないと思っていたのに、気づけば母と同じような関わり方をしていたんです」
そうした自身の性格は、海外転勤の場面でも表われていたと言います。
「転勤先ではいつも後からコミュニティに入っていくことになります。そのたびに、私は無意識に頭を下げていました。仲間に入れてもらわなければと思ったんです。そして、子どもたちにも同じことを求めていました。子どもの気持ちよりも、周囲に受け入れてもらうことをいちばんに考えていたんです」


















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