東横線開通がナカメを作った?
1927年の東横線開通によって商店街と住宅地が形成され、1964年には日比谷線も乗り入れる。かつての工業地帯は、徐々に「都心に近い生活の場」として再編されていった。
こうした歴史を振り返ると、中目黒は最初から「選ばれし者の街」だったわけではないことがわかる。むしろ、仕事と生活の場を必要とする人々を受け入れながら、用途や役割を変え、東京の拡張に組み込まれてきた街だった。
その現実と、現在語られる「おしゃれ」「芸能人」というイメージの間には、やはり大きなズレがある。続く後編記事では、そうした「おしゃれ」なイメージが形づくられてきた過程を追っていく。
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