オープン2日目なのに「数十年の歴史」を感じた…神保町の超有名カレー店で20年勤務、統括店長にまでなった男はなぜ「ラーメン店主」に転身したか

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イタリアンなど数々の飲食店を経て、最終的に選んだのはカレーだった。

「正直、カレー屋なら少し楽かな、と思って入りました。しかし、実際はめちゃくちゃ忙しかったです。想像と全然違いました」(森さん)

調理中の森さん(写真:筆者撮影)

森さんが入ったお店は神保町の「エチオピア」。ここは神保町の“カレー御三家”の一翼を担う横綱オブ横綱なお店。当然ながら超繁盛店だった。森さんは次から次へとやってくるお客さんの波にあっという間に飲み込まれてしまった。

だが森さんは逃げなかった。アルバイトから社員へ、そして最後は全店を束ねる統括店長に。商品開発にも深く関わり、20年間、カレーという競技のトップリーグで戦い続けてきた。

この20年で学んだことはスパイスの知識やレシピだけでは当然ない。繁盛店のオペレーション、お客の流れの作り方、ピークタイムの緊張感など、料理人としての身体が完全に鍛え上げられた20年だった。

「そのうちラーメン屋をやるので辞めます」

一方で、ラーメンはずっと好きだった。18歳頃から『ぴあ』のラーメン本(通称「赤本・黒本」)を持って、東京に来てはラーメン店を巡っていた。

「ラヲタってほどじゃないですが、ラーメンはずっと好きで食べ歩きしていました」(森さん)

水戸にある森さんの実家が瀬戸物店だったこともあり、得意先には中華料理店も多く、そういうお店でラーメンを日常で食べていた。さらに、叔母がスープから麺、チャーシューまで手作りするラーメンを振る舞ってくれて、美味しいラーメンを食べることが特別ではない環境で育った。時には叔母を真似て自分でラーメンを作ることもあった。

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