"利他"で協力する動物はいない? 生き残る個体が「あえてコストを払う」納得の理由

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そんなことになるのなら、自分が協力のコストを払っても、協力したほうが適応度が上がるわけです。「損して得とれ」ですね。

では、全然利害関係のない個体の間の協力はどうでしょうか。「共有地の悲劇」と呼ばれる、人間を題材にした有名な分析例がありますので見てみましょう。

ある村で、村の中にある牧草地を共有地として、そこに牛を放牧することにしました。人間も動物なので、利己的に振る舞います。牛を多く放牧するほど実入りも良くなるので、皆牛を多く放したがります。そうして牛導入競争が起こる結果、共有地の収容力を超える牛が放牧され、共有地は「崩壊」します。

共有地ではなく、自分の土地ならこうはなりません。共有地だからこそ、個人個人が、そこを維持するコスト(導入する牛の数を抑える)を払わずに利益を最大化しようとして、崩壊してしまうのです。

人間世界の「共有地」はなぜ崩壊しないのか

え、人間はそんなに愚かじゃないって? もちろんそうです。人間の世界には、共有地を維持するための「制度」があります。

現実の世界で「共有地」的な協力機構を維持しているところでは、過剰な牛の導入などの利己的な行動には、必ずペナルティが設けられているはずです。たとえば、牛1頭あたりのかなり高額な使用料金などです。

つまり、儲けを無制限に大きくしようとすると大きなコストがかかるようにしておけば、「共有地」は崩壊しないで済むかもしれません。この「罰」が何もないと、共有地は崩壊してしまうのです。

逆に言えば、現実世界では、経験的にでしょうが、何も罰則を設けなければ「共有地の悲劇」が起こるとわかっていたので、ペナルティを科すことで崩壊を避けてきたのでしょう。悲しいかな、人間といえど純粋に利他的には振る舞えないのです。なぜなら文字通りの利他(=他人が得をする)は「自分の損」の裏返しだからです。

でも、自然界で生物の群れはよくみられるだろうって? そうですね。ここからは少し群れについて見ていきましょう。

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