「妻が妊娠中に重篤」「小泉進次郎から電話」――元・夕刊フジ編集長、仕事一筋だった"昭和の報道マン"を変えた56歳からの高齢育児

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買い物についてくる息子に「僕のも買って」とせがまれることも多い。「じゃあ、好きなお菓子を1つだけ選んでいいよ、と。たくさんの選択肢から1つを選ぶ練習もいいですよね。意外なものを選ぶ時もあって、面白いなと思います」

幸せそうに話す中本さんだが、若い頃は仕事に一直線だった。昭和から平成の時代は、プライベートを顧みない働き方をしなければ報道の世界では生き抜くことはできなかったと言っても過言ではない。

実は中本さんは30代の頃にも一度、結婚を経験した。当時は仕事に忙殺されてほとんど家に帰らず、離婚に至った過去がある。ふたりの間に子どもはいなかった。

「阪神・淡路大震災が起こった年で、ますます家に帰らない日々が続きました。当時の妻も状況を理解してくれていたとはいえ、僕がそれに甘えてしまって全然彼女の心のケアをしなかった。そして自然消滅のような形で離婚しました」

奇しくも、現在の妻と出会ったのも東日本大震災が起こった年だった。2つの震災と、パートナーとの別れや出会いを通して、「身近な人すら大切にできなければ、いい記事なんて書けない。有事の時こそ人の心が試されているんだろうな」と、時を経て点と点がつながったという。

再婚し、妻の壮絶な出産を経て6年を迎えようとしている今は、昔のようなバランスの悪い働き方や家族との時間を疎かにすることはなくなった。ふとした瞬間に息子が見せる人間の成長に触れるたびに感動する毎日だ。

子育ては「大変そう」と思っていた

「道端のタンポポに『こんにちは』と話しかけているのを見て、『この子は天才か』と思ったり(笑)、タンポポに気づく目線や、話しかける感覚にハッとさせられました。人生をもう一度生き直すような気持ちになる。それが一番楽しいですね」

水元公園チェアリング
水元公園チェアリング(中本さん提供)
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