体調の悪化を感じた妻は、かかりつけの日本医大病院を受診し、そのまま入院となった。だが、数日後ウイルスは心臓に到達し、劇症化して心筋炎を引き起こす。ただちに東大病院へ緊急搬送され、息子は妊娠28週で帝王切開により摘出されNICU(新生児集中治療室)へ、妻は心筋炎で命の危険にさらされ、ICUに入院となった。
このエピソードは、中本さんの著書『56歳で初めて父に、45歳で初めて母になりました』(ワニブックス、2022年)にも収録されている。その本を読んだ小泉進次郎氏が、中本さんに直接電話で感動を伝えたのだった。
「以前、産経新聞の政治部にいた後輩が『進次郎氏が中本さんの連載を読んでいるみたいですよ』と教えてくれて。産経新聞で「超還暦パパの異次元子育て」という連載を書いているのですが、彼はそれを読んでくれたようです。驚いて、著書に名刺を挟んで『もし今度お会いしたら、これをお渡ししてくれ』と後輩に伝えていました」
とはいえ、実際に読んでもらえるとは思っていなかったという。
「電話口で少し会話しましたが、進次郎氏は目次だけではわからない、中身を読まないと知り得ない部分を話題にしてくれました。多忙なはずなのにすごいですよね」
その後メールを送った際も、丁寧な返信が返ってきた。中本氏は連載で、「長男と上野動物園を訪れたら『“したの動物園”はどこ?』と聞かれた」というエピソードを紹介していた。
NICUで鍛えられた「父の自覚」
本題に戻ろう。壮絶な出産を経て、中本さんの妻は一命を取り留めることができた。しかし、予断を許さない状況は続き、NICUにいる息子に会えたのは術後5日が経過してからだった。それでも妻は、息子に触れることができたその日から、医師を驚かせるほど目覚ましいスピードで回復したという。
当時中本さんはICUとNICUを往復しながら、妻を励まし、息子の世話をした。看護師に教わりながら息子のオムツ替えやミルクを与えたり、「妻の分まで自分がやらなくては」と育児を主体的に実践する立場となったのだ。


















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