なぜ女性だけが家事で消耗するのか――「家事の呪い」誕生史、正体を知って呪いを解く
戦後、家電が普及品になったときも、呪いが生まれた。東芝で家事家電の開発やプロモーションに携わった山田正吾に聞き書きした『家電今昔物語』によれば、洗濯機を普及させるには、「洗濯は手でするもの」という呪いと戦う必要があった。山田らは「5人家族の奥様は1年に象1頭を丸洗い」「(丸の内の)丸ビルを20年で洗った」といった例えを宣伝で使い、手洗いの過酷さを説いた。
掃除機の普及も、「掃除は女の聖職」という呪いに阻まれる。特に明治憲法下で大人になった中高年女性がかかった呪いは強固で、娘や息子の妻に「暗黙のうちに、はたきやほうきによる掃除が女の務めであると強制していた」。
山田はまた、主婦の睡眠時間が理想より1時間短いことを突き止め、炊飯器のセールスポイントを睡眠不足の解消にした。すると、ある男性から「寝ていてメシを炊きたいなんて、そんなだらしのない心がけの女を君は女房にしたいのかな」と言われた。
宣伝効果もあったのか、豊かになっていく時代に便利な洗濯機、電気冷蔵庫は、70年に約9割の家庭に普及した。しかし今も、新しいお助けアイテムは「手作業でやるべき」という呪いに阻まれがちで、強力な呪いの残滓(ざんし)は現代にもある。
料理に関する呪いも多い。高度経済成長期はキッチンの環境や、食品の流通など革命的な便利さが広まった時期で、主婦は時代に合わせた料理についてメディアから学んだ。
しかし、主婦向けのメディアは、ノウハウと一緒に呪いも発信していた。献立は品数を多く、日替わりで、栄養のバランスはもちろん、彩りも大切に。あるべき主婦像を説いた料理家の中には、毎回が本番の日々の料理は「失敗してはいけない」と主張する人すらいた。
「子育ての責任は母親にある」という呪い
母親への呪いも強化された。主婦は子どもや夫の帰宅時間は留守にせず「おかえりなさい」と出迎えるべきと言われ、子どもに何か問題が生じれば母親が責められた。夫が自分のことを棚に上げ、「君の子育てが悪い」と責めても妻は反撃しづらかった。
それはこの時代も、育児責任は母親にあるとされていたからである。子どもや家に女性を縛ろうとする呪いの誕生には、仕事や趣味で出かける女性が増え始めた時代が背景にある。念のために付け加えておくと、昔の家は鍵を内側からしかかけられない構造だったこともあり、半世紀ほど前まで主婦は必要最低限しか外出ができなかった。
一つひとつ確認してみると、呪いはどれも新しいライフスタイルや価値観が登場したときに生まれ、誕生と同時に「伝統」を背負ったことがわかる。呪いの奥に、女性を家に縛り付け四六時中働かせておきたい願望が見え隠れする。
呪いに抵抗した最初の本が、1968年に出た『家事秘訣集 じょうずにサボる法・400』(犬養智子)。ベストセラーになったが、一部の男性から猛反撃を受けたという。この中には、今ではすっかり定着したハサミで食材を切る提案もあった。


















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