俯いて呼吸を整えていると、目と鼻の先に、ワイシャツから取れかかっている白いボタンが見えた。
二つ目のボタンまでは千切れていて、三つ目のボタンは、糸が絡まった状態で奈央の呼吸に合わせて揺れていた。
その晩から、奈央は眠れなくなった。
木村や第六班の男子に学校で追いかけ回される夢を見ては、うなされて汗だくになって目を覚ます。そして朝、登校前にはお腹が痛くなる。でも誰に相談することもできない。
唯一相談できそうな相手
母は一般的なレールから外れることを、極端に嫌う人だった。それはきっと母が一般的なレールを歩んで、一般的な幸福を得たからだ。同時に母は、極端に世間体を気にする人でもあった。不登校になる娘など、許せるはずがない。実際、登校前にお腹が痛いと訴えても、そんなに毎朝毎朝お腹が痛くなるわけないでしょうと軽くあしらわれ、学校を休ませてはくれない。
そして父は、相談相手としては選択肢にすら入らない。父は有名な理系の私立大学を卒業して、大手電化製品メーカーに就職した。郊外とはいえ庭付き一戸建てを買えるのだから、給与は悪くないのだろう。仕事柄なのか、元来の性格なのか、二階の父の部屋は常に整理整頓されている。デスクの上にはペンやクリップやファイルなどが、数センチのズレもなくいつも同じ場所に置かれていた。あの几帳面な父に、心の中を打ち明ける気になんてならない。
唯一相談できそうだと思えた相手は、結衣だった。でも結衣は結衣で、新しい学級で、新しい友達を作って、新しい学校生活を送っているはずだった。今さら一学年のときの同級生に重い話をされても、きっと迷惑だろう。
結局、誰に相談することもできず、学校を休むこともできず、これまで通り登校するしかなかった。
登校する以上、自分の身は自分で守らなければならない。奈央は近所のホームセンターで、折り畳みナイフを購入した。そのナイフを常に制服の内ポケットに入れて持ち歩いた。
もしあの放課後のようなことが起きたら、ナイフで相手を脅そうと思う。腕力のない自分には、それくらいしかできない。
取っ組み合いにでもなったら、偶発的に相手を刺してしまうかもしれない。でもそうなったらそれでいいと思う。きっと学校でも大騒ぎになって、少なくとも自分は今の状況から解放される。



















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