客車の牽引に奮闘した「ディーゼル機関車」の記憶 ブルトレから普通列車まで、SL時代は「憎まれ役」

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美しいデザインといえば、ドイツの技術を導入し、車体もドイツ風のデザインだったDD54形が白眉であろう。前面は窓の下が突き出した「くの字」形のスマートな外観で、西ドイツのV160形を思わせる日本では珍しいデザインが特徴的だった。

DD54 福知山機関区 形式写真
福知山機関区でとらえたDD54形。ドイツの技術を導入したが短命に終わった(撮影:南正時)

端正だが短命だったDD54形

筆者にとって、国鉄のディーゼル機関車の中でもとくに「狙って」撮影した機関車はDD54形だった。DD51形のように全国を走った機関車と違い、山陰本線や播但線など活躍場所が限定されていたこと、そして美しいスタイルがその理由である。

播但線 DD54
播但線の生野トンネルを出たDD54形牽引の客車列車(撮影:南正時)
【写真】ブルートレイン「出雲」を牽引するDD54形

ただ、DD54形は日本の鉄道史上でも極めて短命に終わった機関車として知られる存在でもある。66年に試作車が登場、量産機は68年から製造されたが、相次ぐ故障などによって78年には全機が引退に追い込まれ、活躍した期間はわずか10年程度だった。

当初からトラブルは多く、両数が少なかったこともあり筆者は早期の引退を予感していた。そんなこともあって積極的に追いかけた機関車でもあり、その姿は強く印象に残っている。

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