客車の牽引に奮闘した「ディーゼル機関車」の記憶 ブルトレから普通列車まで、SL時代は「憎まれ役」
筆者は昭和40年代、最後の活躍を繰り広げる蒸気機関車を追っていた。それだけに、蒸機の追い出し役であったディーゼル機関車を当時から積極的に撮影していたかといえば、あくまでプロの写真家として撮れる列車は押さえておこうという考えで撮っていたのは否めない。
だが、蒸気機関車だけでなく全国のローカル線や特急列車などを取材する中で、ディーゼル機関車の牽く列車の魅力にも気づくことになった。
とくに印象深いのは、函館本線の山線をDD51形重連が牽引した急行「ニセコ」である。C62形が引退後、DD51形牽引となってから筆者はこの列車の同乗取材を行ったが、その際の強烈な印象は忘れられない。
機関車のすぐ後ろの客車に乗ると、目の前でDD51形が「ババババババ……」とすさまじいエンジン音を上げて勾配に挑んでいた。蒸気機関車とはまた違う迫力を体感し、何度も撮影した列車の1つだ。
普通列車からブルトレまで
DD51形は計649両が製造され、安定した性能を買われて貨物はもとより、旅客列車でも全国でブルートレインから普通列車の牽引まで幅広く活躍した。
筆者もさまざまな路線でその姿を撮影しており、山陰本線や函館本線での活躍が思い出深い。
かつての山陰本線は、普通列車ながら寝台車を連結した「山陰」など、今では考えられないような長距離普通列車が走っており、これらの牽引をはじめDD51形が幅広く活躍していた。山陰の美しい風景の中、オレンジ色のDD51形が客車を引いて走る姿が印象に残っている。



















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