21年目の調査捕鯨−−知られざる攻防

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「アンタッチャブル」とクジラ避ける民間企業

 鯨肉は敗戦後の食糧難に安価な動物性タンパク質として重宝され、かつては日本の食肉の主役だった。が、それも60年代まで。輸入自由化もあり、今では家畜肉が日本人の胃袋を十二分に満たしている。調査捕鯨の副産物は費用から逆算した公定価格で市場に放出される。スーパーでの売り値は和牛と変わらず、それに見合うニーズはそう多くない。日本は数年前にノルウェーからの鯨肉輸入について大筋合意したが実現していない。ノルウェー産は4分の1程度の価格とされるものの、ニーズ不足で手を挙げる業者がないようだ。

 在庫増加に危機感を持った水産庁の後押しにより、販路拡大のため5年限定の新会社「鯨食ラボ」が2年前に設立されたが、成果は上がっていない。中田博社長は「畜肉に比べ品質のコントロールが悪い」といった点も販売拡大の障害と話す。流通量に限度があるため、大手スーパーが定番品として扱いにくい面もある。たとえば、イトーヨーカ堂は3年前から鯨肉の取り扱いをやめている。

 民間の「クジラ離れ」はほかにもある。鯨研は調査捕鯨の船団を民間企業の「共同船舶」から用船し、副産物販売についても委託している。しかし、一昨年6月に同社は「民間資本」ではなくなった。というのも、日本水産はじめ5社が、鯨研など水産庁の関連公益法人に保有株式を無償譲渡したからだ。この件に関する旧株主の口は重い。ある企業は「アンタッチャブルな問題」とささやく。「背景には海外での環境保護団体によるハラスメント(=不買運動)の影響もあった」と共同船舶は明かす。企業にとってはクジラ関連ビジネスは「経営リスク」なのだ。

 そうした足元のクジラ離れをよそに、日本は調査捕鯨拡大だけでなく、IWCでの多数派工作を強力に進めてきた。政府開発援助(ODA)で関係が深い西アフリカ諸国などが捕鯨容認国としてIWCに次々と加盟。賛成・反対はほぼ拮抗する状況となった。一昨年のIWC総会では捕鯨推進派寄りの「セントキッツネーヴィス宣言」が1票差で決議され、日本代表団はモラトリアム採択から24年ぶりの勝利に沸いた。しかし、直後から英国が反捕鯨外交を展開。欧州新興国など5カ国が加盟し、形勢は再び逆転してしまった。

 「セントキッツ宣言が推進派にとってのハイライト。多数派工作は結局、相手からの巻き返しに遭う」(外務省漁業室)。強行路線に行き詰まった日本は話し合い路線に舵を切ろうとしている。IWC正常化に向け、ザトウクジラの捕獲見合わせで譲歩を示したのは、それに沿った行動ともいえる。現在のIWC議長は日本の立場に理解が深いとされ、次の議長国には副議長を務める日本が就任することが確実。向こう数年間は日本にとって捕鯨外交を推進する上でまたとない好機といえる。

 しかし、IWC総会で4分の3以上の賛成が必要な商業捕鯨再開は現在の情勢から見て、ほぼ不可能というのが一致した見方だ。にもかかわらず、なぜ日本は「経済的にノンイシュー(=問題ではない)」の捕鯨推進にこだわるのか。「生物資源を持続的に利用しようとする原理原則の問題。クジラで一歩譲ると、次は(資源減少が指摘され始めた)マグロでも譲らなければならなくなる。そのためにも調査は必要」(同)というのが、日本政府の答えだ。
南極海遠征は必要か 関心の低さこそが問題

 「クジラは特別な動物だから1頭も殺してはいけない」という一部反捕鯨派の急進的イデオロギーを前にそうした「原理原則」を貫くことは、将来の食糧問題を考えれば、大方の日本人が同意することだろう。しかし、捕鯨問題に関する日本人の日頃の関心は海外に比べるとあまりに低く、それゆえチェックを怠ってきた面がなかったとは言えない。

 たとえば、調査捕鯨のあり方はどうか。日本が多額の費用をかけてはるか遠くの南極海で調査を続ける理由は、将来の商業捕鯨の想定海域としているからだ。その裏返しで、南極海でも距離の近い海域しか調査していない。IWC科学委員会は90年に南極海全体のミンククジラの資源量を76万頭とし、2年後には漁獲枠算定方法の「改訂管理方式」でも合意している。そこから導き出される持続的利用可能な漁獲枠は毎年2000頭だ。水産庁などはこの数字を挙げて、「だから捕鯨を再開すべき」と言うが、その程度の漁獲枠で大資本しか参入できない南極海での商業捕鯨が採算に乗るものだろうか。

 現実的選択肢からかけ離れた大規模事業は、ややもすると一部関係者による利権と化す。捕鯨は欧米に対して日本が自らを主張する数少ないテーマだけに、強行路線は偏狭なナショナリズムのはけ口となるきらいもある。それらは結局、「国益」を損なうことになりかねない。これを機に日本人自身が捕鯨問題を見つめ直す必要がありはしないか。
(週刊東洋経済:高橋篤史記者)

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