「調査した全教科で学力低下」に思うこと

「やはりそうか」

というのが、文部科学省が公表した子どもの学力を調査した2024年度の「経年変化分析調査」の結果を見て率直に感じたことである。

この調査は、全国で抽出された小学6年(約3万人)と中学3年(約7万人)の結果を調べたものであり、教科は、小6が国語と算数、中3は国語と数学と英語。

2013年度から原則3年ごとに実施する。毎年の全国学力調査と違ってほぼ同じ問題(非公表)を出し、2016年度以降の3回分が比較可能となっている。

今回の結果(500を基準とするスコアで表示)は、平均スコアが、小6=国語 489.9(前回比15.9ポイント減)、算数 486.3(同20.9ポイント減)▽中3=国語 499.0(同12.7ポイント減)、数学 503.0(同8.0ポイント減)、英語 478.2(同22.9ポイント減)といずれの教科でも低下した。

文部科学省「令和6年度全国学力・学習状況調査 経年変化分析調査・保護者に対する調査の結果(概要)のポイント」より

コロナ禍と保護者の意識変化、学力低下を招く2つの波

どのような原因でこのような結果になったのか。文部科学省のほうで分析結果は示されていないが、保護者から以下の点で調査をしている。

・家庭での学習時間、スマートフォン・テレビゲームの使用時間
・保護者の学習への意識、子どもへの働きかけ
・保護者の意識や働きかけと子どもの幸福感等の関係性

といった点である。調査は国立教育政策研究所が詳細をまとめているが、教育現場で見聞きする話通りであるといえる。

おおまかに言うと、「学習時間は減り、スマホ、テレビゲームの時間は増え、保護者の対応は二極化している」といった内容である。

さて、この結果を教育現場に長年いる身として掘り下げて考えてみたい。

石川一郎(いしかわ・いちろう)
宇都宮海星学園理事長。カリキュラムマネージャー(聖ドミニコ学園・星の杜中・高等学校・福山暁の星中・高等学校)。専修大学北上高校理事。現在、多くの学校の教育改革に関わる。1962年東京都出身、ニューヨークで生活の後、暁星学園に学ぶ。85年早稲田大学教育学部社会科地理歴史専修卒業。暁星国際学園、ロサンゼルスインターナショナルスクールなどで教鞭を執る。元かえつ有明校長。香里ヌヴェール学院学院長。著書に『2020年の大学入試』(講談社)『先生、この「問題」教えられますか』(洋泉社)『学校の大問題』(SB新書)『捨てられる教師』(SB新書)
(写真:本人提供)

まず、今年の調査の対象となった小学6年と中学3年であるが、ともに重要な時期をコロナ禍で数年間の学校生活を過ごしている。従来では考えもつかなかった家庭での学習(一部オンラインでの授業)が行われた。登校しても「密」を避けることが推奨され、授業での発言も控え、行事も大幅に縮小されてしまった。

「指導」という教師がある方向に向けて生徒を引っ張っていくという言い方は、個人としては好きではないが、現場からすると明らかにこの時期は学習指導の時間が不足し、子どもたちの学習習慣がつきにくかったと考えられる。コロナ禍の影響で学力が低下したのは相関関係があるのだろう。

違う観点からも考えてみる。保護者の意識の変化だ。少子化は進行し、その理由もあって受験の形態は変化している。

近年、大学受験においてはいわゆる年内入試(学校推薦型選抜、総合型選抜)の割合が増加して過半数を超えるようになってきた。ペーパーテストが求められない選抜方法も一般的になっている。

また、多くの子どもたちにとって人生の第一関門ともいえる高校入試も推薦入試や特色選抜など、学力検査以外の入試が多様化している。保護者からすれば、無理に頑張らせなくても、受験はそれなりになんとかなるものになってしまった。

「今しっかりと勉強しておかないと後々後悔するよ」という以前のようなお説教は、正直あまり聞かれなくなったといえる。

一方、首都圏では中学受験が過熱化した状況はまだまだ続いており、学歴や学習歴にこだわる保護者層がいるのも事実である。学力に関して、調査結果からも世の中が二極化していることが見て取れるのではないだろうか。

新学習指導要領とGIGAスクール構想の狭間で

一方、教える側の変化をコロナ禍前後で考察してみる。

実は、コロナ禍は新学習指導要領が施行された時期と重なっている。この10年くらい前からブームになったアクティブラーニングの流れの中で、「主体的で対話的な学び」が新学習指導要領の1つの柱になっているが、コロナ禍の制約の中でどのように教育に取り込んでいくかは、多くの教師にとって一苦労だったはずだ。

またGIGAスクール構想の「一人一台端末」がコロナ禍のおかげで加速的に進み、現場で使い方の共通理解が不十分なまま、子どもたちのデジタルでの学習が一気にスタートすることになった。

デジタルを使いながら主体的・対話的な授業を進める方向に、教師はコロナ禍の混乱の中で、ある意味強引に転換することが求められたといえよう。

その結果、以前にも増して「基礎学力がまったくついていない」「英単語を覚えていない・計算もできない」という状況が激増しているという嘆きが小学校や中学校から聞こえてくるようになった。

経年変化分析調査は「高次な思考」を測れているのか?

次に、経年変化分析調査の成績低下問題は本当に適切なのかも考えてみたい。

ほぼ内容は非公表ということで詳細はわからないが、全国学力テストと類似したような問題が多いのではないかと推察される。全国学力テストの問題をみていると良問ぞろいで各問の目的もはっきりしている。

しかしながら、私が気になる点もある。それは学習指導要領が変わったこと。もちろん、教える内容すべてが変わったわけではない。ただ、「主体的・対話的な学び」「探究的な学び」へと転換しているのである。

共通テストも、以前のセンター試験とは内容が明らかに異なってきている。そのため同じ指標で調査して、成績が下がっている、とその結果だけ見てあれこれ嘆いている(ようにみえる)のはいささか問題があるのではないだろうか。

そもそも学力を測る指標は何なのか。日本の教育では、知識・理解・応用の3段階でとらえられてきたと考える。一方、欧米では「ブルーム・タキソノミー」という1973年にアメリカの認知心理学者ベンジャミン・ブルームの研究チームによって作成された指標が使われている。ここでは、日本の教育で身につけたうえでの「高次な思考」が取り上げられている(その後、弟子が研究を進めて改訂版が一般的になった。下図を参照)。

「記憶」「理解」「応用」のうえで物事を分類、構造的に理解し、予測を立てる「分析」の能力。そして物事のさまざまな要素を集めてきて編集し、そこから仮説を立てて新しいことを構想し、自分なりの価値観や哲学、信念をもって自己決定を下す「評価」の能力。さらに何かを生み出す「創造」の能力。

新学習指導要領を読み込むと、従来の日本の低次な思考から高次な思考をカバーすることを狙いとしていると言える。そして高次な思考は客観的なテストで数値が測れるものではない。

経年変化分析調査は、新学習指導要領の精神を加えないと残念ながら教育は前に進まないのではないか。

(注記のない画像:genzoh / PIXTA)