福島原発事故・井戸川裁判傍聴記・判決編(前編) 「現代の田中正造」の主張を"黙殺"した非情な判決
私は内心、淡い期待を抱いた。井戸川の支援者が詰めかけた傍聴席に、裁判長が自ら判決の内容を伝えるというのだから、国の法的責任は認めなくとも、井戸川の主張に何らかの理解を示すのではないかと考えた。だが、淡い期待はあえなく消し飛んだ。
「本件事故はマグニチュード9.0という国内観測史上最大規模の地震および津波によって引き起こされたもので東京電力に故意または重過失を認めるには足らない」

「原告の健康状態が本件事故の被曝によって悪化したものとは認められない」
「国が東京電力に対して運転停止や、主要建屋や電源設備の水密化等の措置を命じることを想定するのは困難」
「原告は被告国が情報伝達する義務を負っていたと主張するが、具体的にどの公務員がどの時期にどのような情報を説明すべき義務があったか明らかとは言えない」
「原告は事故後の合同対策協議会の開催やベント(原発事故時の放射性物質の意図的な放出)実施にあたっての避難の状況確認、範囲などの問題を提起するが、これらによって避難に至る経緯や避難状況に顕著な変化が生じたとは認められない」
「生活基盤の喪失は、中間貯蔵施設の設置の有無にかかわらず、事故そのものによって生じたものであるから、損害と中間貯蔵施設の設置の間に因果関係は認められない」
阿部裁判長が手元に目を落としたまま早口で読み上げる間、井戸川は苦笑いを浮かべながら何度も首を横に振った。〝敗訴〟は覚悟していたとはいえ、ここまで聞く耳を持たない判決は想像していなかったのだろう。
「本件は提訴から長期に及びましたが、双方が迅速に準備をしていただいたことで本日判決の日を迎えられました。双方の協力に感謝を申し上げます。判決の言い渡しを終了します」。阿部裁判長はそう言い残すと席を立ち、後ろ向きに傍聴席を一瞥して扉の奥へ去った。「事実誤認だ」「司法は腐っている」と傍聴席に怒号が響く中、私は阿部裁判長が判決要旨をわざわざ朗読した理由を考え続けていた。
ことごとく黙殺された井戸川の主張
井戸川独自の主張は以下の3点に集約できる。
① 国、東京電力、福島県は福島第一原発の津波対策の必要性を隠した。もし自分が知っていたら、安全協定に基づき東京電力に運転停止を求めていた。
② 国は原子力災害対策特別措置法に定められた合同対策協議会を開かず、ベントなど放射能に関する情報を双葉町に共有しなかった。双葉町は避難の判断が遅れて町民を被曝させた。
③ 国は法令で定められた年間1ミリシーベルトの線量基準を守らず、法令に根拠のない年間20ミリシーベルトを基準に避難指示解除や賠償、除染などすべての対応を進めた。
安全協定とは原発の立地自治体が電力会社と結ぶもので、再稼働や新増設に対する事前了解(同意)のほか、安全上の勧告など首長の権限を定めている。つまり井戸川は事故を引き起こしたウソ・隠蔽の誤りを国に突きつけたのである。
これに対する国の反論は、一片の反省も見えない無責任なものだった。
「国による規制権限の不行使の責任は二次的、補完的なものにとどまる。危険な行為を放置することが著しく合理性を欠く場合に初めて行使が義務付けられる」
「国は合同対策協議会を2011年3月12日~14日に4回開催し、大熊町は参加した」
「1ミリシーベルトは権利ないし法的利益とは言えず、20ミリシーベルトはICRP(国際放射線防護委員会)勧告を踏まえ、緊急時被曝状況の参考レベル20~100ミリシーベルトの下限値を適用した」
無料会員登録はこちら
ログインはこちら