このゼレンスキーの立場は英仏独のみならず、欧州連合(EU)やほとんどの欧州諸国から支持されている。その理由は1つだ。このデジュール問題が、第2次世界大戦後の国際秩序の根幹である国際法治体制の根幹に触れるからだ。
武力による一方的な現状変更は国際法上、原則として禁止されている。今回プーチンの提案を受け入れたトランプが放棄しようとしているのは、こうした法治主義なのである。国際法に基づく法治維持か、米ロによる大国主導の寡頭秩序への移行か。今、この2つの潮流が相克しているのだ。
「オリガルヒ」が再び今日的キーワードになった
ではなぜ、トランプはこうした国際法無視のプーチン提案を受け入れたのか。この背景を理解するために、ここで、あるキーワードに注目したい。
「オリガルヒ」である。
この言葉は元来、ソ連消滅後の国営企業民営化の過程で、政府から便宜を受けて出現した、旧国営企業経営陣出身の新興財閥群を指していた。
しかし2000年に誕生したプーチン政権下では、新たなオリガルヒ層が誕生した。多くの旧オリガルヒたちの経営権は大統領に近い友人たちに再分配された。プーチン政権は彼らを世界的富豪集団として育てる一方で、彼らとの間で、透明性に欠ける主従関係を築いた。政府機関から厳格な法的監視を受けない、一種の「寡頭的利権分配体制」である。
プーチンの政治体制を象徴する、この「オリガルヒ」という言葉が、2025年1月、なんとトランプ政権誕生間際のアメリカ議会で飛び出した。バイデン前大統領が退任演説の中で、アメリカ版オリガルヒの出現に警告を発したのだ。
バイデン曰く「今、途方もない富、パワー、影響力を持ったオリガルヒたちがアメリカで出現しつつある。これはわれわれの民主主義、基本的権利、自由を脅かしている」。バイデンの念頭にあったのは、テック・ジャイアントと呼ばれる巨大IT企業の経営陣たちと政府との不透明な関係の形成だ。
しかし、トランプはこの警告をあざ笑うかのように、バイデン演説直後の就任式に実業家イーロン・マスクのほか、グーグルのピチャイCEO(最高経営責任者)などIT大手トップをずらりと招いた。政策遂行に当たって、IT大手との密接な関係を重視する姿勢を明確にしたものだ。政権との近い距離を自らの実業家としてのパワーやビジネスに生かすのが、トランプ時代におけるアメリカ版オリガルヒなのである。
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