「これも驚いたことですが、この国立小では“先生間のヒエラルキー”が厳然として存在していました。まず、1年目は同僚として扱ってもらえないんです。着任初日、職員室で挨拶しても誰も振り向きませんし、引き継ぎや情報共有も一切ありませんでした。『どういうことだろう』と思っていたら、教頭先生から『1年目の人は歓迎していません。死ぬ気で適応してください』と言われたんです。
また、私の授業で特に荒れていたクラスの担任に、『先生のクラスでは授業が成り立ちません』と伝えたら、私とは目も合わせずに『子どもたちは、あなたを教員として見ていないのでしょう』と吐き捨てられました。子どもたちも、新任の先生がこうした扱いを受けることを知っていて、『1年目は先生じゃないんだろ』と面と向かって言ってくるのです」
こうした事情があって、着任当初からあのような振る舞いを受けたのだろう。一度は篠原さんもそう受け止めてみたものの、「なぜ、国立小に入学するような『いい子』が暴力的な言動を繰り返すのか」、どうしても納得できなかったという。
しかしある日、児童に対する認識が大きく変わる出来事が起きた。付き添いで社会見学に出ていたところ、毎日のように「死ね」と罵倒していた児童の1人が、篠原さんに「トイレに行きたい」と訴えてきたのだ。クラスを引率している担任にも伝えるよう促すと、ためらいを見せた。
「なぜ担任に言えないのか聞くと、私のほうが優しいからと答えたんです。優しく接してきた覚えは一切なく、むしろ厳しい言葉をかけていたつもりだったので、一瞬戸惑いました。同時に、『この子たちは甘えたいんだ』と気づいたのです。担任からは頭ごなしに叱られるけど、私なら話を聞いてくれるんじゃないか。甘えたい気持ちがものすごく溜まっているからこそ、相手を選んで攻撃的な態度になっているのではと思うようになったのです」
「うあああああ」と書き殴る、児童のすさまじいストレス
そこから篠原さんは、児童を理解するために動いた。いろいろな方法で、子どもたちとコミュニケーションを取り始めたのだ。その1つが、希望者との「交換ノート」だった。
「とにかく思っていることを言葉にしてもらいたいと考えました。すると、具体的な言葉ではなく『うああああああああ』とか『うざいうざいうざいうざい』『ストレスストレスストレス』など、同じことを何度も強く書き殴ってくる子が何人もいました。子どもたちが抱えているストレスの強さを感じたと同時に、これまでの暴力的な言動は『助けて』のサインだったんだと思うようになりました」
篠原さんは、受験にも原因があるのではと話す。たしかに、国立小の受験倍率は少子化が加速する現在でも高く、なかには10倍、20倍に達する学校もある。それだけに受験対策は大変で、幼稚園生のころから塾に通う子も珍しくない。

「自分の気持ちを押し込めて、“いい子”のふりをする訓練を受け続けてきたのだと思います。典型的なのが、入試の待ち時間です。ネットで『小学校受験 待ち時間』と検索すると、対策サイトがたくさん出てきますが、4~5時間もしゃべらずに待っていなければならないといいます。5〜6歳の幼稚園生が、ずっと黙ってじっとしているんです。入試当日に応援に駆けつけた塾の方たちが、『がまん』と書いたメッセージボードを掲げていたのは印象的でした。
しかし、そこまでして合格を勝ち取っても、子どもたちは解放されません。入学後もほとんどの児童が塾に通い続けるので、ほとんど遊ぶ時間はないでしょう。神経と睡眠時間をすり減らして勉強し続けているのに、親からは『もっといい点をとりなさい』などと言われてしまうのです」