死んだワオキツネザルの内臓にいた、たくさんの小さな「バナナ状の生物」。ネコの糞便に潜み人間へも感染する、その正体とは?

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場所が動物園ですので、単に「死因は老衰ではなく、トキソプラズマ症によるものでした」ではすまされません。

この個体がトキソプラズマに感染していたという事実は、最悪、その飼育エリア内のすべてのワオキツネザルがトキソプラズマにさらされていた可能性を意味しています。

動物園内でサル同士が共食いをすることは考えにくいため、おそらく、園外にいた外飼いか野生のネコの糞便に含まれていたオーシストが、ゴキブリやネズミによって飼育エリア内に持ち込まれてきたのでしょう。それにより、餌や水が汚染された可能性があります。

このようなサルの仲間におけるトキソプラズマ感染は、まさに時間との勝負です。

組織切片にトキソプラズマを認めた時点ですぐに獣医師さんに連絡し、飼育ケージの消毒と、同居していたほかのワオキツネザルたちへのトキソプラズマ症に有効な抗原虫薬の投与を行ってもらい、このときは事なきを得ました。

過去にはリスザルが連続死した例も

動物園で飼われている動物が突然死した場合、何らかの感染症や中毒、あるいは飼育環境の急変などの要因が疑われます。

同じ環境下で飼育されている動物は、同じリスクにさらされている可能性が高いため、早急に原因を究明し、有効な対策を打たなければなりません。そうでないと、死が連鎖し、多くの命が失われることになります。

今回のワオキツネザルの事例では、病理解剖を依頼した飼育員さんの適切な判断と、迅速な病理診断、そしてその後の対策が功を奏しましたが、僕は過去に、やはりトキソプラズマによって動物園で飼われていたリスザルが連続死したケースも経験しています。

動物園の飼育員さんや獣医師さんは、動物たちの健康と衛生の管理を日々徹底されていますが、それでも不幸にして死が起こってしまうことはあります。

そんなときは、僕たち獣医病理医が死後の病理診断を通じて「遺体の声」を聞き取り、死因を突き止め、その死が連鎖したり再発したりしないよう、得られた情報を広く共有していきます。

動物園や水族館で暮らす動物たちの健康は、こうした努力の積み重ねによって守られているのです。

この夏、みなさんが動物園や水族館に訪れる機会がありましたら、そこでいきいきと暮らす動物たちの背後にあるこれらの取り組みにも、思いを馳せていただければ幸いです。

中村 進一 獣医師、獣医病理学専門家

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なかむらしんいち / Shinichi Nakamura

1982年生まれ。大阪府出身。岡山理科大学獣医学部獣医学科講師。獣医師、博士(獣医学)、獣医病理学専門家、毒性病理学専門家。麻布大学獣医学部卒業、同大学院博士課程修了。京都市役所、株式会社栄養・病理学研究所を経て、2022年4月より現職。イカやヒトデからアフリカゾウまで、依頼があればどんな動物でも病理解剖、病理診断している。著書に『獣医病理学者が語る 動物のからだと病気』(緑書房,2022)。

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大谷 智通 サイエンスライター、書籍編集者

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おおたに ともみち / Tomomichi Ohtani

1982年生まれ。兵庫県出身。東京大学農学部卒業。同大学院農学生命科学研究科水圏生物科学専攻修士課程修了。同博士課程中退。出版社勤務を経て2015年2月にスタジオ大四畳半を設立し、現在に至る。農学・生命科学・理科教育・食などの分野の難解な事柄をわかりやすく伝えるサイエンスライターとして活動。主に書籍の企画・執筆・編集を行っている。著書に『増補版寄生蟲図鑑 ふしぎな世界の住人たち』(講談社)、『眠れなくなるほどキモい生き物』(集英社インターナショナル)、『ウシのげっぷを退治しろ』(旬報社)など。

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