特に目立った病歴はなく、高齢だったこともあり「おそらく老衰だろう」と判断されていました。ただ、長く飼われていた個体で飼育員さんの思い入れも深く、「死因をきちんと知っておきたい」というご依頼でした。
ワオキツネザルの平均的な寿命は10年後半から20数年とされていますから、たしかに亡くなった個体は高齢といってよい年齢です。飼育員さんへの聞き取りでも、与えていたエサや飼育環境にも問題は感じられず、老衰の可能性は高そうです。
とはいえ、病理診断はあらゆる可能性を排除せず、いつものように慎重に臨まなければなりません。
脾臓と肝臓の細胞に多数の異物
まずは、届いた遺体の全身をくまなくチェックします。見た目には、特に気になる所見はありません。
解剖しても、肉眼では目立った病変は認められません。ただ、脾臓が少し腫れているような気がしました。
そこで念のため、組織切片(組織を薄く切り、見やすく染色したもの)を作製して、顕微鏡で観察しました。すると、脾臓と肝臓の細胞内部に小さな異物が多数確認できました。
バナナのような細長い形で、染色された核が中央近くで濃く染まっています。まるで笑っている「眼」のようにも見える――トキソプラズマです。

トキソプラズマは、ほぼすべての温血脊椎動物(哺乳類・鳥類)に感染する単細胞の寄生虫です。ネコ科の動物の体内でのみ有性生殖を行い、それ以外の温血脊椎動物の体内では、無性生殖(2分裂で増殖していきます)を行います。