しかし、本質的な問題は、「民主主義における言論の自由の限界」という普遍的課題を、中台関係という特殊状況においてどう考えるかにあるだろう。
デモクラシーとは「人民による支配」を意味するが、単純な多数決では少数意見や社会的マイノリティの権利が抑圧される恐れがある。フランスの政治思想家・トクヴィルが指摘した「多数派の専制」という危険性はつねに存在する。
「言論の自由」は無制限なのか
そこで、民主主義を単なる意思決定手続きではなく、すべての人々の自由と平等、個人の尊厳を基礎とした治者と被治者の自同性の原理(統治される者は統治する側に回る資格もある)として理解するならば、少数者による異議申し立てや反対意見の自由を最大限に保障しなければならない。
フランスの哲学者・ヴォルテールの名言とされる「あなたの意見には反対だが、それを主張する権利は擁護する」や、アメリカ連邦最高裁の判事だったホームズの「自分たちが忌み嫌う意見にこそ自由を認めるべき」という言葉はその本質を表している。
しかし、言論の自由は無制限なのか。ナチスの迫害を逃れたユダヤ系オーストリア人の哲学者・カール・ポパーは、『開かれた社会とその敵』で有名な「寛容のパラドクス」を提示した。
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