「覚せい剤の密売人が大きな交差点ごとにいたけど…」日本三大ドヤ街「大阪西成区・釜ヶ崎」で≪日雇い歴45年≫男性が語る”体感治安”の変化

木刀などを持った十数人と乱闘
通称「カマ」と呼ばれる釜ケ崎の「生き字引」がいる。
紫色の髪がトレードマークの地域史研究家の水野阿修羅さん(76)だ。学生運動のセクト(党派)対立で狙われ、21歳の時に釜ケ崎にたどりついた。
それからはトラック運転手や工場勤務、建設作業……。1日限りの日雇い、30日以内の期間契約のどちらの日雇い労働も経験してきた。
「阿修羅」は釜ケ崎でついたあだ名だ。過激な描写で話題になった漫画「アシュラ」(ジョージ秋山作)の主人公に似ているとして、定着していった。
1972年には、暴力団とつながって賃金をピンハネ(中抜き)する「暴力手配師」を追放する団体を仲間と結成した。
この年、相手の事務所に乗り込んで抗議したときのことだ。労働者が仕事を求めて集まる「あいりん総合センター」で拉致されそうになり、危うく難を逃れたが、事態はさらにエスカレート。同センターで木刀などを持った十数人と乱闘になった。
約50人の労働者仲間と取り囲んで「反撃」したが、共謀して暴力を振るったとする傷害罪などで、執行猶予付きの有罪判決を受けた。
50歳のとき、大阪市が委託する特別清掃の指導役になった。65歳で定年退職するまで続けた。
一方、70年代から釜ケ崎の研究を始め、80年代に日本寄せ場学会のメンバーにも加わった。
「指導員も含めたら日雇い歴はざっと45年。色々見てきたなあ。日本が不況になったら真っ先に仕事がなくなるから、釜ケ崎は日本が抱える社会問題の縮図だから」。多様な人がいて、社会のひずみがよく見えるまち。釜ケ崎をそう捉えている。