外国勢力が突如襲撃!「道長の甥」はどう戦ったか 九州へと渡った隆家、「刀伊の入寇」が起きる
今年の大河ドラマ『光る君へ』は、紫式部が主人公。主役を吉高由里子さんが務めています。今回は刀伊の入寇の際の、道長の甥・藤原隆家のエピソードを紹介します。
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刀伊の入寇が起きる
藤原道長の甥・隆家は、大宰大弐(実質は大宰権帥)に任命され、九州に下向することになりました。隆家の大宰大弐在任時、1019年に起きたのが、刀伊(とい)の入寇です。
刀伊とは、沿海州地方などに住む女真族のことです。刀伊が対馬・壱岐・北九州を襲撃したのが、刀伊の入寇と呼ばれる事件です。
そもそも、隆家が九州に下ることになったのは、自身の病が原因だとされます。隆家は、眼病に悩まされていたのです(『大鏡』や『栄花物語』に記載されています)。治療の効果がなく、隆家は家に籠もる日々が続いていました。藤原道長も、隆家とは碁や双六を頻繁に行う間柄だったため、病を気の毒に思っていたようです。
そのようなときに、大宰大弐から朝廷に辞表が提出されました。「私が次の大宰大弐になりたい」という声が続々と寄せられる中で、隆家も手を挙げました。
「あちらには唐人が多い。唐人は、目の治療がうまいと聞く。あちらで、目の治療を行い、癒やされてはどうだろうか」というアドバイスがあったからです。
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