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東急「たまプラ」と小田急「新百合」の共通点は? 実は近い2つの駅、周辺の街並みは異なる表情

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  • 森口 将之 モビリティジャーナリスト
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駅が生まれたのはたまプラーザ駅のほうが早く、1966年に田園都市線溝の口―長津田間の開通とともに営業を開始した。田園都市線が、東急の創始者である五島慶太が提唱した東急多摩田園都市のアクセス鉄道として建設されたことはよく知られている。

スペイン語の広場を意味するプラーザを駅名に冠したたまプラーザ駅は、名前だけ見ても重要な拠点であることが伝わってくる。

たまプラーザ駅を出る田園都市線の電車(筆者撮影)

東急「先進的なまちづくり」

東急の広報グループは「たまプラーザ駅周辺は、多摩田園都市構想における重要度の高い駅として、1982年『たまプラーザ東急SC』のオープンを皮切りに、現在に至るまで駅を中心とした先進的なまちづくりを進めてきました」と説明する。

さらに「2012年には東急と横浜市で『次世代郊外まちづくり』の包括協定を締結し、そのモデル地区として『たまプラーザ駅北側地区』を策定し、産学公民連携による多様な取り組みを行ってきました」という。

ホームは開業時から変わらない2面2線で、橋上駅舎が丘の斜面に位置していることもあり、北口は改札階がそのまま出入り口になっている。

1980年代には、テレビドラマ「金曜日の妻たちへ」の舞台で注目を浴びたが、その頃から10年ほどこの周辺に住んでいた筆者が記憶しているのは、北口の駅前広場は狭く、南口は広大な駐車場があるだけという光景だ。

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