取材をしていると、ほかのA型事業所の現場でも、PC業務や軽作業などで募集しながら、実際には清掃をさせるというケースはたびたび耳にする。不思議なことに逆のパターンは聞いたことがない。いずれにしてもこのようなやり方は「求人詐欺」と批判されても仕方がないだろう。
行政機関に助けを求めたが…
ユウイチさんは大学を卒業後、食品メーカーに正社員として就職したが、パワハラに遭い、うつ病を発症して退職。その後は定職に就けず、体調も回復しなかったため5年ほど前に自ら精神科病院に入院した。このころに発達障害の診断を受け、以降は一般就労に向けた準備も兼ねてA型事業所の利用を始めた。現在の事業所が4カ所目。しかし、ユウイチさんに言わせると「A型事業所はどこもひどかったです」。
初めて利用したA型事業所は、運営基準違反が発覚して指定取り消しとなった。2カ所目はPC業務だったが、ここでは仕事中はもちろん休憩中も「会話厳禁」というルールがあった。事業所側からは「コミュニケーション能力に課題がある人もいるので、トラブル防止のため」と説明された。「おはようございます」と「お疲れさまでした」以外の会話をしている人を見つけたら、報告するようにとも指示されたという。まるで密告の強制ではないか……。ユウイチさんも「人権侵害ですよね」と首をかしげる。
3カ所目では、10キロほどの段ボールを棚からパレットに移す仕事を終日していたところ膝を痛めてしまった。しかし、職員からは、労災は申請できないと言われた。しばらくの間、別の業務に移してほしいと頼んでも「段ボールは女性でも2人いれば全然持てる」「仕事なので協力してがんばりましょう」などと聞き流されるだけ。ユウイチさんはやむを得ず個人で労災申請をした。
給料はどこも最低賃金水準で、実家暮らしでなければ生活できないという。今回の給料未払いは、ただでさえ経済的に苦しい障害者への“兵糧攻め”である。
悪質なA型事業所などさっさと見切りをつけて別の事業所を探すことはできる。しかし、今回、ユウイチさんは徹底抗戦を辞さないつもりだ。理由は「さすがに我慢の限界だからです」。そう決意して心当たりのある行政機関に助けを求めたのだという。
それなのに、最初に相談を持ち掛けた名古屋市は「結局何もしてくれませんでした」とユウイチさんは憤る。10回近く電話やメールでやり取りしたが、最終的には「民事不介入」「(事業所の)職員とお互いに歩み寄って話し合ってください」と言われたという。
同市が作成した苦情記録票にも、市の担当者がユウイチさんに「事業者と利用者の間に入る対応は行っていない」との旨を伝えたことが記載されている。私も記録票を読んだが、担当者は両者の言い分をただ相手側に伝えただけの“伝言係”にしかみえなかった。
取材に対し、同市障害者支援課は「私たちは障害者総合支援法に基づいて基準違反があれば指導するという立場。利用者から『困っている』という声があれば、同法の範囲内で事業者に対して『利用者に寄り添った対応を』とお伝えをする使命はあると思っています」と回答。ユウイチさんの許可を得たうえで個別のケースについて尋ねると「法律上の対応としては問題はなかったと考えているが、心配ごとが解消されていないとすれば、対応が十分でなかった点があったかもしれない」と答えるにとどまった。
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