1980年2月、第2次オイルショック後のインフレを防止するため、日銀はタブーとされてきた国会での予算審議中の利上げに挑んだ。だが、これに反対する大蔵省の壁は厚く、新総裁の前川春雄は大蔵大臣の竹下登と会談するも物別れに終わる。
最後の望みは、時の首相、大平正芳との直接会談だけとなった。
大平と前川の会談はつとに有名で、さまざまな文献が残されている。浪川攻『前川春雄「奴雁(どがん)」の哲学』(東洋経済新報社)には、前川が「経済は狂乱物価寸前の状況に類似してきている。できるだけ早く公定歩合を引き上げたい」と切り出し、大平が「よく考えて返事したい」と答えると、「できれば来週中にもお返事をいただきたい」と畳みかけた、と書かれている。ほかの文献でもおおむね同様の記述となっている。
この歴史的会談の議事録は、これまで存在しないとされてきた。
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