「イスラム国」は、当面の間は存続し続ける 米国や中東諸国にとって好都合な存在に

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かつてキッシンジャー国務長官が中東和平を画策したとき、イスラエルが非妥協的で協力しなかった。これを民主党のチャールズ・パーシー上院議員(イリノイ州)が厳しく批判したところ、たちまち彼の事務所に親イスラエル選挙民から4000通の抗議文と2000通の抗議電報が届き、各地で追い落とし集会が相次いで開かれ、1982年の選挙でついに落選させられた。

アメリカがイスラム国を好ましいと思う理由はもう一つある。軍需産業である。大規模な紛争があることは、アメリカの軍需産業にとってつねに望ましく、中近東では1948年に勃発した第一次中東戦争以来、第二次~第四次中東戦争、イラン・イラク戦争、湾岸紛争、イラク戦争と、10年に一度は大きな紛争が起き、軍需産業が売り上げを伸ばす機会を提供してきた。

戦闘機から発射されるミサイルは一基数千万円~1億5000万円、軍艦・潜水艦から発射されるトマホークミサイルは一基1億5000万円くらいする。イスラム国が存在するかぎり、彼らは商売繁盛なのだ。そしてイスラエル・ロビー同様、軍需産業はアメリカの議員に多額の献金をしている。イスラム国との戦闘において、アメリカは2003年のイラク戦争のときのように陸上部隊を派遣せず、主に空軍による支援をしている。

これは軍需産業から見ると、陸上部隊の駐留経費に莫大な税金をかけてもちっとも儲からないのと違い、空軍がミサイルや爆弾をどんどん投下してくれるので、理想的なパターンである。

イランを弱体化させたいという思惑

イランを弱体化しておきたいのは、イスラエルだけでなく、サウジアラビア、クウェート、UAEなどGCC(湾岸協力会議)6カ国も同じである。1979年にイスラム革命で成立した現在のイランは、シーア派革命の輸出をもくろむ地域の大国で、人口や軍事力もはるかに小さく、宗派も異なるスンニ派の湾岸諸国は常にその影に怯えてきた。そもそも、1981年にGCCが設立された際の主要目的の一つが対イラン防衛だった。GCC6カ国は表向き対イスラム国有志連合に参加しているが、(政府か個人かは定かではないが)それらの国々からスンニ派のイスラム国に相当な資金援助が流れている、と現地ではいわれている。

さらにトルコにとってもイスラム国は都合のいい存在である。こちらはクルド人問題の関係からだ。トルコは国内に千数百万人のクルド人を抱え、1923年の共和国建国以来、シリアやイラクのクルド人と連携した彼らの分離独立運動やテロに頭を悩ませてきた。男子皆徴兵制を持ち、65万人の兵員を擁する中近東屈指の軍事大国であるトルコが本格的に参戦すれば、イスラム国など簡単に壊滅できるが、アメリカ主導の有志連合に名前を連ねてはいるものの、先月まで空爆に参加せず、国内の基地使用も許可していなかった。

それはクルド人問題があるからだ。シリア北部でイスラム国と戦っているのは、アメリカなどが支援するクルド人組織・民主連合党(PYD)だが、彼らが勝利してイラク北部のように自治権を獲得したりすると、クルド人が多く住むトルコ南東部の分離独立運動に発展しかねないとトルコ政府は警戒しており、むしろ彼らがイスラム国との戦いで疲弊するのを望んでいる。

以前、山口組系暴力団後藤組(静岡県富士宮市)の後藤忠政元組長の著作を読んだとき、警察が暴力団を殲滅しようと思えば簡単にできるが、あえてそれをやらないのは、暴力団の存在が警察にもメリットがあるからという趣旨のことが書いてあった。

イスラム国とアメリカ・中近東諸国も、実は似たような関係なのだ。ただし去る7月に、トルコ南東部でイスラム国によると見られるテロが起き、連立政権に対するクルド人有権者からの批判が強まった。これを契機に、トルコ政府は空爆参加と有志連合の基地使用許可に踏み切っている。このように、この種の“均衡”は、様々な要因の変化で崩れる可能性があることは留意を要する。

黒木 亮 作家

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くろき りょう / Ryo Kuroki

1957年、北海道生まれ。早稲田大学法学部卒、カイロ・アメリカン大学(中東研究科)修士。銀行、証券会社、総合商社に23年あまり勤務して作家に。大学時代は箱根駅伝に2度出場し、20キロメートルで道路北海道記録を塗り替えた。ランナーとしての半生は自伝的長編『冬の喝采』に、ほぼノンフィクション の形で綴られている。英国在住。

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