あなたにも出来る!社労士合格体験記(第38回)--血のつながりはないけれど…

あなたにも出来る!社労士合格体験記(第38回)--血のつながりはないけれど…

1997年4月、私は母校の小さな教会で結婚式を挙げました。そのとき、会場を盛り上げてくれたのが、義姉の子どもたちです。すでに他界していた父親代わりにと、妻とバージンロードを歩いてくれたのは、当時小5だった甥っ子。可愛いフラワーガールは中2だった姪っ子が、一生懸命に務めてくれました。

思えば、その甥や姪にとって、私はさぞかしマイペースで、変なオジさんに違いありません。当時、岐阜県に住んでいた義姉宅へ、初めてのあいさつに訪れたときもそうでした。楽器好きの私は、置いてあるピアノを発見し、弾かせてもらったのはいいのですが、数時間もわれを忘れて没頭。最初は聞いていた子どもたちも、あまりの長さに飽きてしまい、そろそろ夕食というので戻って来ると、まだ私が弾いているのであぜんとされました。

まあ、マイペースで変=気楽で面白いオジさんとも思われているようで、姪っ子とは17歳の誕生日に、われわれ夫婦と3人で長野のペンションふくなが(第20回参照)に泊まって、キノコ採り。クリスマスには、親友3人とわが家でお泊り会と、お陰でこちらも元気はつらつ、若返りました。

4半世紀前のハチャメチャな就職活動

2006年の春、その姪も大学4年生を迎え、就職活動に奔走していました。最初は苦戦していた彼女に、4半世紀前の、私のハチャメチャな就職活動のことを述懐。

当時は10月1日が解禁でしたが、私は就職戦線直前までクラブ活動に打ち込み、プロのサックス奏者を夢見ていたため、真剣に就職のことを考えていませんでした。当然、就職活動用のスーツもなく、丸井のクレジットで急きょ買いそろえたほどでした。

ところが解禁初日、最初の会社で足止めされ、内々定が出かかったところで突然、「自分は本当にこの仕事がしたいのだろうか」と迷ってしまいました。「他の会社も訪問させて下さい」と正直に言ったため、その会社とは破談。

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