元3セク社長が指摘「赤字ローカル鉄道の処方箋」 「日本鉄道マーケティング」の山田氏に聞く
応募前、現地の旅館に3連泊して自転車で走り回りました。地域の人たちに「誰がいちばん元気に動いています?」と尋ね、その人に会いに行って話を聞くうちに問題の構造がわかってきました。沿線の若桜町は国勢調査のたびに人口が15%ずつ減る厳しい過疎で、仮に鉄道を残せたとしても地域が消えかねない状態でした。調べると沿線の町はもともと林業と農業が主力だったのですが、外材の輸入で林業が稼げなくなり、米は安くなって農業も稼げなくなり、第2次産業は海外移転で消え、地域の方々は鳥取市内で働くようになり、通勤がしやすい鳥取市内に引っ越してしまったのでした。
それであれば、打つ手は2つでした。1つは雇用を作る。そのために新しい産業を作る。そこで鉄道を観光資源として観光を立ち上げることにしました。もう1つは鉄道を便利にして鳥取市内に通勤しやすくする。そうすれば引っ越す理由がなくなり鳥取市のベッドタウンとして持続できます。鉄道があるという強みを生かして地域の利便性を高めていけば人口減少を阻止できる。この2つの作戦を提案して公募社長に採用されました。
――今のお話は、本来なら自治体が取り組むべきでは?
地域を振興するために鉄道は維持されてきたので、鉄道としてできることを考え、生かし方を逆提案したのです。それまでは、鉄道の残し方に悩んでも生かし方は議論に上がっていませんでした。
1500円で実現させた「観光列車」
――公募社長になって最初に手を付けたことは?
普通の列車にガイドさんを乗せて「若桜谷観光号」という観光列車として走らせました。2つ目の鉄道の利便性を高めてベッドタウン化するという作戦の実行には設備投資が必要ですが、調査して計画を作って予算化して建設するという長い時間がかかる。これは長期的な観点で進めることにして、すぐできることが観光列車でした。
わざわざ車両を造らなくても、ガイドの人件費だけで始めることができる。列車に名前を付けるだけで、時刻表に載るし、駅で出発するときも「若桜谷観光号」と案内される。そうすると、地元の人も「ただの生活路線ではなく、観光できる場所もあるんだ」なり、無料で宣伝できる。ガイドの人件費は補助金を使ったので、費用は1500円だけでした。
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