サブカルチャーは時間遡行をどう描いたのか? SF作品から「時間の流れ」について考える

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相対性理論で謂うところの世界線とは、4次元時空内部における運動物体の軌跡のことで、世界がどう変化するかを示す道筋ではありません。

ただし、世界全体の状態を超多次元フェイズスペース(と呼ばれる数学的な仮想空間)内部の軌跡として表した「世界の世界線」を指すとすれば、意味は通じます。

『Steins;Gate』の主人公は、過去に戻っても簡単には未来を変えられないという物理的制約のせいで苦労します。この物理的制約は作中で「アトラクタ」と呼ばれますが、これは、初期条件を少し変えても最後にはよく似た状態に収束するようなシステムにおいて、収束する最終状態を表す用語です。

例えば、宇宙空間でガスや塵が凝集する場合、重力などの影響で扁平な渦巻きになるのが一般的ですが、この扁平な渦巻きがアトラクタに相当します。物理学的に見ると、『Steins;Gate』のように、人間が起こす悲劇的な事件がアトラクタになることはありません。むしろ、過去改変を行うとバタフライ効果の方が顕著に表れ、予想もつかない出来事が起きる蓋然性が高いと思われます。

『Steins;Gate』の宣伝に「99%の科学と1%のファンタジー」という惹句が使われますが、そんなに科学的ではありません。もっとも、その点を批判するのは野暮というものですが。

テレビアニメ『涼宮ハルヒの憂鬱』の無限タイムループ

「何度も過去に戻ってやり直す」という設定が人気を呼ぶのは、AVGやRPGなどのゲームに親しんだ人が作品世界に入り込みやすいからでしょう。こうしたゲームは、一貫してプレーヤーの視点で描かれ、他者への配慮は乏しいのがふつうです。

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多世界解釈に基づく作品で気になるのは、主人公の行動によって別の世界が丸ごと消滅するという展開になるとき、自分の人生体験が「なかったことにされる」人々に言及されていない点です。

1930年代の量子論でも、「人間の観測行為によって何が起きるかが決定される」という議論がなされましたが、ならば観測していないその他大勢の人間はどうなるという問いにはまともに答えられませんでした。

1960年代以降の量子論では、統計的な性質を考慮する手法が進歩し、人間による観測を重視する研究者はあまり見かけなくなっています。

「なかったことにされる」人々に目を向けたのが、2009年のテレビアニメ『涼宮ハルヒの憂鬱』の中のエピソード「エンドレスエイト」です。

この作品で描かれるのは、自分の思い通りにならなかった日々をやり直したいと願う少女が、無意識のうちに超能力を発揮して、世界全体の時間を巻き戻してしまう過程です。

時間を巻き戻したものの出発点となる条件が同じなので、結局、何度やっても思い通りにならず、再び時間が巻き戻されるのですが、そのたびに「なかったことにされる」人々の姿が丹念に描写されます。

同じ歴史が何度も繰り返されるというSF作品の中では、プレーヤー視点に束縛されず他者への配慮を示した傑作だと思います。

吉田 伸夫 理学博士

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よしだ のぶお / Nobuo Yoshida

1956年、三重県生まれ。東京大学理学部卒業、東京大学大学院博士課程修了。理学博士。専攻は素粒子論(量子色力学)。科学哲学や科学史をはじめ幅広い分野で研究を行っている。ホームページ「科学と技術の諸相」(http://scitech.raindrop.jp/)を運営。『明解量子重力理論入門』(講談社)『宇宙に「終わり」はあるのか』(講談社ブルーバックス)、『光の場、電子の海』(新潮選書)など著書多数。

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