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現状維持だが中国に配慮もしなかった台湾新総統 小笠原欣幸による頼清徳就任演説の解説決定版

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新政権が発足した台湾。新総統の考えが出る就任演説を台湾政治の専門家が徹底解説する。

就任式に登場する台湾の蔡英文前総統と頼清徳総統
5月20日、台湾では蔡英文氏(左)から頼清徳氏(中央)に総統職が引き継がれ、頼新総統は就任演説に臨んだ(写真:Bloomberg)

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頼清徳総統の演説のポイント
・8年前の蔡英文氏の就任演説と比べると、台湾アイデンティティを一段と強めた。
・演説の大枠は蔡氏の現状維持路線だが、中国に特に配慮する発言もしなかった。
・台湾を守る強い決意を示し、「予想より強気に出た」という印象。

5月20日、台湾で頼清徳政権がスタートした。与党・民進党は8年の蔡英文時代を経て、3期12年政権を握ることになった。新総統の就任は1996年の李登輝氏以来、陳水扁氏、馬英九氏、蔡英文氏と続き頼清徳氏が5人目である。

就任演説は今後4年間の台湾の方向性を示すもので、日本、アメリカ、中国を含め国際社会が注目する。今回、中国の統一圧力が強まる中で頼氏が中国との関係をどう語るのかが大きな関心を集めた。

頼氏の就任演説は「一つの中国」も「独立」も触れず、現状維持を明言し、台湾を守る強い決意を示した。頼氏は蔡英文氏の継承者という立場を鮮明にして選挙戦を戦い当選した。したがって、蔡氏の現状維持路線を受け継ぐのは既成方針である。その現状維持とは民主化し、台湾化した中華民国の現状を守っていくことである。統一反対はいわずもがなであるが、独立に進まないことも含意している。

頼氏の演説は現状維持の大枠を継承しつつも蔡英文前総統とは異なる点があった。8年前の蔡英文氏の就任演説(2016年)と比べると台湾アイデンティティを強めた演説といえる。

最初から使われた「相互に隷属しない」

蔡前総統は2016年演説で中国を「中国」と呼ばず「両岸」、「対岸」という融和的用語を使った。それに対して頼総統は台湾とは別の存在であることを意識させる「中国」で通した。蔡氏が婉曲的に言及した1992年の経緯(中台の間で何らかのコンセンサスができたとされる経緯)にも触れなかった。

中台関係の位置づけについても「中華民国と中華人民共和国は相互に隷属しない」と述べた。これは李登輝元総統の「二国論」に通じる考え方で、中国が「分裂主義」だと強く反発した経緯がある。蔡氏は当初中国との関係改善を模索していたので、2016年の就任演説では「相互に隷属しない」という言い回しは使わなかった。しかし、関係改善は難しいと見切って2021年の国慶節演説で述べた。頼氏は最初からこの位置づけを使った。

中国はこの発言をとらえて「独立志向だ」と騒ぎ立てるだろう。また「わざわざ就任演説で述べる必要はなかった」という考えもあるだろう。だが、これは前述のように蔡氏が2021年に公の場ですでに使っている。そして、これは台湾の人々の現状認識を反映している。

最新の世論調査(美麗島2024年4月国政調査)では「海峡両岸は2つの異なる国家」と見る人が76.1%に達し、中国が主張する「両岸は一つの中国に属する」に賛同している人は9.7%にすぎない。

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