現代アートが1980年代に「変わった」のはなぜか 「ビフォー1980」と「アフター1980」の違いとは

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近代化の時代は終わりを告げて近代化以後となり、キーワードは「モダニズム」から「ポストモダン」へと移り変わりました。「アフター1980」は、確かなもののない戸惑いと手探りの時代となったのでした。

現代アートも時代の変化に呼応するように変容していきます。ビフォー1980のときのように明快なロジックに裏付けられるものでは必ずしもなくなっていき、どうしてそれが出現するのか、それがどういうものなのか、はっきりと説明することができなくなっていきます。

また、発展の道も不透明です。右肩上がりであればその先を見通すことができましたが、いまや次はどっちへ向かうのか誰にもわからなくなりました。曖昧で不透明、混沌として不合理。それがアフター1980のアートでした。

「シミュレーショニズム」と呼ばれた作品

1980年前後の時期に一風変わったアートが出現しました。それは、シンディ・シャーマンが撮影し続けた写真シリーズで、モデルは自分自身でしたが、その〝モデルぶり〟がいささか奇妙でした。

シャーマンは、映画の一場面みたいな既視感を伴いつつ、あるときは都会でバリバリ働くキャリアウーマンのように写るかと思えば、あるときは素朴な田舎の少女のような佇まいで写りました。

かと思えば、何かの事件に巻き込まれた女性のように写るときもあれば、また別のときは大学教授の秘書か何かのように写るのでした。シャーマンはその一連のシリーズを《アンタイトルド・フィルム・スチル》と名付け、1977年から80年にかけて制作しました。

《アンタイトルド・フィルム・スチル》に写された女性はすべてシャーマンではありましたが、一枚一枚の変わりぶりが激しすぎて、見る者はどれがほんとうのシャーマンなのか見極めがつかず戸惑いを覚えることになりました。

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