子育てを難しくする「強い親でいること」への呪縛 がんばるのはもうやめて、もっと弱音を吐こう
今は少し落ち着きを取り戻していますが、コロナ禍で非常事態が続いたとき、学校現場も家庭も揺れました。
子どもを学校に行かせていいのか。
持病のある子にとってはどれくらいのリスクがあるのか。
先生や教育委員会に尋ねたところで、全人類にとって初めての危機だったわけですから、誰もわかりません。そうなったら、親の判断で、子どもの安全を考えるほかありません。
考えるのも、行動するのも自分
いっぱいアンテナを張って、周りのことを知るのは大事。でも、たくさん情報収集をした後で、決めるのは自分です。考えるのも自分、行動するのも自分。自分で考えて行動したことでうまくいかなくても、人間って人のせいにはしないでしょう?
「自分で考えて、行動する」っていうと、「強くなること」だと思う人もいます。
でもね、子どもを守るのに、強さはいらないんですよ。強くなろうと思うと、「あの人みたいになろう!」とか「こうしなければいけない!」みたいな考えが頭をもたげてきます。
自分以外のものを自分の中にはめこんで行動しようとしてしまうから、無理が生じてしまうんです。そうすると、「あの人が、こう言ったから」とか、「ここでこう思ったから、私は強くならざるをえなかった」とか、人のせいにするものが周りにいっぱい出てきてしまう。
校長時代にたくさんのお母さんと言葉を交わしました。苦しんでいるお母さんほど「がんばらなくちゃいけない」「いいお母さんにならなくちゃいけない」と思い込んでいました。
「この子を守らなくちゃいけない。そのために自分で考えて行動しよう」というのと、「この子を守らなくちゃいけない。そのために、自分は鉄よりも強くならなくちゃいけない」というのは、ぜんぜん違うと思います。
「強くならなくちゃいけない」と思っているお母さんは、いつまでも強くなれないから、どこかでポキっと折れるんです。
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