社会保障は金持ちから貧困層への再分配にあらず 主目的は「消費の平準化」と「保険的再分配」

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このあたり、すなわち、社会保障の主な役割は、垂直的再分配ではなく、保険的、時間的再分配であることは、本当に理解されておらず、社会保障周りへの誤解の入り口となっている。児童手当の所得制限の是非の判断にも影響を与えるため、3月に出かけた自民党の財政健全化推進本部というところでも私は次のように話している。

ここでわかっておいてもらいたいことは、社会保障給付費の9割を占める社会保険の第1の目的は、生きていると必ず直面する「支出の膨張」と「収入の途絶」という生活リスクを平準化すること。これを消費の平準化(consumption smoothing)と呼ぶわけですが、これがメインであるということです。所得の再分配というと高所得者から低所得者への垂直的再分配がメインであるように思っている人が多いのですけど、それは、能力に応じて負担して必要に応じて給付を受けるという社会保険の原理の下で結果的に生じている副産物のようなものでして、社会保険が圧倒的規模で行っていることは消費の平準化です。

「支出の膨張」と「収入の途絶」という生活リスク

ではなぜ、そうした保険的、時間的な所得再分配政策が必要となるのか。その理由は、われわれが生きていくうえで必ず直面する「支出の膨張」と「収入の途絶」という生活リスクには、市場社会において広範囲に使われている賃金システムでの対応は難しいからである。

人間が生きていくうえでは、どうしても、子育て期や病気のときに支出の膨張(養育費・教育費や医療費)が起こる。また、養育期だけでなく、病気になったり年をとったりしたときにも働けず、収入の途絶は起こることになる。

こうした、支出の膨張や収入の途絶には、賃金システムはうまく対応していない。いや、できないのである。日本ではかつて、賃金システムとは別枠の、企業内での福利厚生で対応しようとはしていたが、その役割を企業が撤退しはじめて久しい。

賃金システムの欠陥を補うために、消費の平準化を果たす賃金のサブシステムとしての社会保険制度が、ビスマルク時代のドイツ帝国で、年金、医療などを対象として考案された。私保険のアナロジーによって社会保険と呼ばれたが、この社会保険が果たす役割の本質は、「支出の膨張」と「収入の途絶」に対応できない賃金のサブシテムであった。

そして今、この国で、参議院を通過すれば成立することになる新たな賃金のサブシステムが、子育て期の「支出の膨張」と「収入の途絶」に対応する支援金制度である。医療、介護、年金などの高齢期向けの賃金のサブシステムと同様に、賃金と関わる労使が折半で拠出し、今支援が必要な人たちに所得を再分配する。それが、先に示した、こども家庭庁が作った図の意味するところである。

ただしこのシステムは、給付が若いときになされるために、私保険のアナロジーで例えることは難しいのは事実だ。この点、奨学金を先に受けて、卒業後に賃金比例で返済する所得連動返済型ローンを、時間的に逆向きの社会保険と呼ぶこともある。

支援金は、それに類似した制度であるとも言えるが、社会保険という言葉にこだわる必要もないだろう。支援金も、医療、介護、年金も、賃金システムの欠陥を補う賃金のサブシステムであって、企業を含めこれらの制度への参加者全員が分かち合い、支え合う連帯の仕組みである。今回の支援金の成立でこの国でもようやく、若年期、勤労期、高齢期のための賃金のサブシステムとしての再分配制度がそろうことになる。

もっとも、子ども・子育て支援策は、社会・経済の参加者全員に、特に社会保障全般の持続可能性に関して直接・間接のメリットがあるのは事実であり、それゆえにそのメリットを明示的に意識してもらえるように、支援金に保険料という言葉が使われているのであろう。

閣議決定「こども未来戦略」には、「企業、地域社会、高齢者や独身者も含め、社会全体でこども・子育て世帯を応援するという気運を高めていく国民運動が必要であり、こうした社会の意識改革を車の両輪として進めていく」とある。

以前から繰り返し言い、書いてきたことであるが、今回の仕組みだと「連帯を通じて個人、地域、社会につながりがあり、子育て費用を社会全体で負担していくという意識を涵養できる」。なかなかよい所得の再分配制度の誕生である。

権丈 善一 慶應義塾大学商学部教授

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けんじょう よしかず / Yoshikazu Kenjoh

1962年生まれ。2002年から現職。社会保障審議会、社会保障国民会議、社会保障制度改革国民会議委員、社会保障の教育推進に関する検討会座長などを歴任。著書に『再分配政策の政治経済学』シリーズ(1~7)、『ちょっと気になる社会保障 増補版』、『ちょっと気になる医療と介護 増補版』など。

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