チェスキンが出したマーガリンは、あらかじめ黄色に着色して「バター」とラベルを貼ってあった。バターのときは白く着色して「マーガリン」とラベルを貼った。マーガリンは油っぽくて好きじゃなかった、と言った参加者は、実際にはバターについてコメントしていたというわけだ。
実験の狙いは、マーガリンの味に対する感想が本人の期待によって決定されていると証明することにあった。体験を形成するあらゆる要素――色、香り、そして包装など――が期待に影響を与え、味まで違って感じられる。チェスキンはこの現象を「感覚転移」と呼んだ。
チェスキンは自身の理論をもとに、グッドラック社のマーケティングチームにいくつか提案をした。もっとも重大な提案は、マーガリンの色を白から黄色に変更すること。黄色ならバターを連想させ、印象がよくなる可能性が高いからだ。
この作戦を活用したのはグッドラック社だけではなかった。他社もいっせいに黄色で着色するようになり、マーガリン分野全体の売上が飛躍的に伸びた。1950年代にはマーガリンのほうがバターよりも人気となり、それ以降50年以上もバターに差をつけ続けた。
グッドラック社のアプローチは当時ごく一般的なものだった。売上アップの方法を知るために、多くの企業が心理学者を起用していたからだ。チェスキン自身もグッドラック社だけでなく、製菓材料のベティ・クロッカー、煙草ブランドのマールボロ、ナイフメーカーのガーバー、そしてマクドナルドなど、多彩なブランドの依頼を請け負っていた。
「サブリミナル広告」への批判
ところが、ブランドによる心理学礼賛の風潮は長続きしなかった。1957年にヴァンス・パッカードというジャーナリストが『かくれた説得者』という本を出版している。この本が100万部以上も売れ、一大センセーションを巻き起こした。
パッカードは同著で、コンサルタントとして働くジェームズ・ヴィカリーという人物が明かした「サブリミナル広告」なるものについて、さまざまな例を挙げて紹介した。
「サブリミナル広告」とは、広告に隠れたメッセージを忍ばせる手法として、ヴィカリーが作った造語だという。メッセージが表示されるのは3000分の1秒。ほんの一瞬なので、見たことにも気づかない。
ヴィカリーの説明によると、そんな広告を映画館で流したところ、メッセージで示唆されていたポップコーンとコーラの売上が70%近くも跳ね上がった。
このあおりをくらって、心理学を使ったテクニック全般が白い目で見られるようになり、分析や考察も求められなくなった。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら