韓国大統領が「岸田首相愛」をほとばしらせるワケ 1日でも長い岸田政権継続を願う尹錫悦
こんな急な蜜月関係の契機となったのはやはり、徴用工問題の解決策の発表だった。
韓国の司法判決によって確定した、日本企業の負う賠償を韓国政府傘下の財団に肩代わりさせるという「奇策」は、司法手続きによってすでに差し押さえられていた日本企業の資産などの現金化を阻止、あるいは当座しのぐことを可能にした。
日本側では、韓国政府がまるまる日本政府の要求を受け入れたとして、尹大統領の英断に評価が高まっている。確かに尹大統領が、解決策を発表した後に起きるであろう厳しい批判を覚悟のうえで、政治的な判断をしたことは間違いない。
尹大統領が決断した徴用工問題解決策
交渉にあたってきた韓国・外交省では、趙賢東(チョ・ヒョンドン)第1次官ら一部を除いて、解決策の中身や発表時期に反対の声が支配的だったし、大統領室内でも消極的な声があった。それらを押し切った形での尹大統領の決断だった。
一方、この解決策が日韓両政府の長期間にわたる共同作業の末、結実したという過程も見逃せない。
2022年3月の大統領選で、薄氷ながら尹大統領が当選を決めた直後から日本政府と尹氏陣営の関係者、韓国外交省当局者らが水面下で接触を重ね、同年5月の尹政権の発足以降も、解決策をめぐる踏み込んだ協議を続けて、じわじわと距離を詰めた。
最も難しいメインの課題が徴用工問題だったのは当然として、解決策発表後に控えるその他の問題の進展も含めた、一種のパッケージ・ディールだった。
そのパッケージの中には、早期の尹大統領の日本訪問と初の日韓首脳会談の実現も入っていた。2023年2月、双方の外務当局は徴用工問題の解決策づくりに向け、詰めの作業を急いでいたが、同時に尹大統領の来日に向けた準備も進んだ。
解決策のほうは敏感な問題だけに、表現ぶりが消えては復活するといった細かなやりとりが続いたが、それに比べ、日程調整のほうはさほど複雑ではなかった。その結果、解決策の発表の最終的な日時が固まる前に、先に尹大統領の来日が2023年3月16、17の両日に決まるという奇妙な逆転現象が起きた。
かたや解決策の発表は、いったん2023年3月3日に固まりかけたが、再び韓国政府内で、一部の文言の調整が必要との声が上がり、正式発表は週明けの月曜日の3月6日に延期された。
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