元パナ技術者「重度障害者に言葉を取り戻す」挑戦 独立してコミュニケーション支援に人生懸ける

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患者が装置を使えるか否かは、入力スイッチを適合できるかで決まる。1発でうまくいく人もいれば、数年単位で練習が必要なケースもある。今年10月に松尾社長が訪問した菊池蒼磨さん(23)=兵庫県加古川市=は、後者のパターンだ。

中学1年の冬に交通事故で脳挫傷を負い、遷延性意識障害と診断された。ところが、実際には意識があることが判明。排泄の際にまばたきで合図を送ることに、母親の佳奈子さん(52)が気づいたのだ。7年ほど前には、左手の親指付近をピクッと動かせることがわかった。

「もう一度、息子と話したい」。そう考えて松尾社長を頼った。以来、蒼磨さんは約5年にわたり、スイッチを操れるようになるための地道なリハビリに取り組んでいる。

菊池蒼磨さんの左手親指にスイッチを巻き付ける松尾社長。約2時間にわたってスイッチを押すトレーニングが行われた(記者撮影)

松尾社長はこの日、蒼磨さんの手をさすって筋肉をほぐし、左手親指に板状のスイッチを巻き付けた。約25グラムの圧力で押せる軽いタイプで、コードで練習用のブザー付きライトをつないだ。

「押してみて」。松尾社長の合図に合わせ、蒼磨さんがグッと力を込める。ブーッとけたたましい音が室内に響き、止まらない。指をうまくスイッチから離せないのだ。取り付ける位置を調整しながら、何度も繰り返す。蒼磨さんはハーッ、ハーッと苦しそうに口で息をしながら、それでもやめようとはしない。トレーニングは約2時間にわたり続いた。

「会話」を取り戻し、社長になる

「頑張れよ。人生、このままで終わるわけにいかないもんな」。松尾社長の励ましに応えるかのように途中、何度かうまく押せる場面も見られた。「良い感じ!」と佳奈子さんも歓声を上げる。蒼磨さんも誇らしげな表情だ。親子が会話を取り戻す日は、きっと近いだろう。

佳奈子さんと蒼磨さんが親子の会話を取り戻す日は遠くないはずだ(記者撮影)

佳奈子さんはこう語る。「事故に遭った過去はもう受け入れるしかありません。ただ、納得のいく生涯を送ってもらいたい。松尾さんと出会い、希望が見えて息子は前向きになりました。本人にはこの道しかないので、進むだけです。でも装置が使えるようになって、『おかん、うざい』とばかり言われたらどうしよう、という心配はあります(笑)」。

佳奈子さんによると、蒼磨さんの夢は経営学を学び、社長になることだという。「それなら、ウチの会社を継いでや」。松尾社長は穏やかなまなざしで、ベッドに横たわる青年へ微笑みかけた。

石川 陽一 東洋経済 記者

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いしかわ よういち / Yoichi Ishikawa

1994年生まれ、石川県七尾市出身。2017年に早稲田大スポーツ科学部を卒業後、共同通信へ入社。事件や災害、原爆などを取材した後、2023年8月に東洋経済へ移籍。経済記者の道を歩み始める。著書に「いじめの聖域 キリスト教学校の闇に挑んだ両親の全記録」2022年文藝春秋刊=第54回大宅壮一ノンフィクション賞候補、第12回日本ジャーナリスト協会賞。

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